ご質問の前提には、歴史に関する誤りが含まれています。ピルグリム・ファーザーズ(清教徒移民)がアメリカに定住したのは17世紀、正確には1620年頃であり、1692年ではありません。
ピルグリムたちの入植は1620年
1620年9月、メイフラワー号に乗った102名の移民がイングランドを出港し、同年11月に現在のマサチューセッツ州プリマス付近に到着しました。彼らは船上で「メイフラワー誓約」に署名し、北米における恒久的なイギリス人入植地の基礎を築いていきました。
入植当初の住居の姿
到着後の最初の冬は厳しく、多くの人々は船内で越冬しながら、まず「共同住宅(コモン・ハウス)」と呼ばれる建物を建設しました。その後、次のような特徴を持つ簡素な住居が建てられていきます。
- 構造: 木の骨組みに、枝や藁を編んで泥で固める「ワトル・アンド・ドーブ(wattle and daub)」という工法を採用
- 屋根: 藁葺き(わらぶき)
- 間取り: 一部屋か二部屋程度のコンパクトな作り
- 暖房: 調理と暖房を兼ねる大きな暖炉
これらの家屋は機能性を最優先とした質実なものであり、過酷なニューイングランドの冬を乗り切るための避難所としての役割を果たしました。
その後の住居の発展
数年が経つにつれ、住居はより耐久性のある板張りの外壁を持つ木造家屋へと置き換えられていきました。1627年頃には、プリマスには30軒以上の家屋が立ち並び、現在のリーデン・ストリート(Leyden Street)沿いに整然とした集落が形成されていました。
1692年といえば何が起きた年?
ちなみに1692年は、隣接するセイラムで悪名高い魔女裁判が行われた年として知られています。この頃には植民地の住居も、初期の粗末な小屋から二階建ての木造家屋へと大きく発展しており、ピルグリムの入植当時とは時代背景がまったく異なる点に注意が必要です。