1781年に弁護士となったロベスピエールは、先進的な思想によって頭角を現し、アルトワ州の代表として三部会に選出されました。その後、ジャコバン・クラブに参加し、1792年の対外戦争に対しては、当時数少ない反対者の一人として強く異を唱えています。 国民公会とジロンド派の失脚 国民公会議員となると、ロベスピエールは山岳派の指導的立場に立ち、ジロンド派の失脚を主導しました。続いて公安委員会に加わると、事実上の中心人物として恐怖政治を確立していきます。 粛清と「最高存在の崇拝」 1794年3月から4月にかけて、過激なエベール派と、ダントン率いる穏健な寛容派を相次いで粛清しました。また、ルソーと同じく理