歴史物語

アルバート・ボールとは何者?第一次世界大戦を代表する英国エースの生涯と功績

アルバート・ボール(Albert Ball、1896年8月14日 – 1917年5月7日)は、第一次世界大戦中に活躍したイングランド出身の戦闘機パイロットです。公式記録44機という撃墜数を誇り、同大戦におけるイギリス最高のエース(撃墜王)とされています。

ノッティンガム生まれ、陸軍から航空部隊へ

ボールは1896年、イングランドのノッティンガムに生まれました。当初はイギリス陸軍に入隊しましたが、1916年に王立飛行隊(RFC)へ転属します。卓越した操縦技術と恐れを知らぬ大胆さでたちまち名声を高め、ほどなくして飛行小隊長(フライト・コマンダー)に昇進しました。

数々の勲章——ヴィクトリア十字章を受章

1917年春、フランス上空での一連の空中戦における目覚ましい活躍により、イギリス軍人に贈られる最高の武勲章であるヴィクトリア十字章(VC)が授与されました。単独でドイツ機4機を撃墜するなど、短期間に驚異的な戦果を挙げたことが高く評価されたものです。
このほかにも殊功勲章(DSO)や軍事十字章(MC)を受けたほか、DSOには追加の叙勲もあり、その戦功は多方面で認められていました。

20歳で散った若きエース

1917年5月7日、ボールはフランス上空で撃墜され、戦死しました。享年20歳でした。
撃墜の経緯については、ドイツ軍の対空砲火によるものとされる一方、ドイツ側のエース、ロタール・フォン・リヒトホーフェンとの交戦が関わったとする説など、今なお諸説あり、確定していません。

現代に残る遺産

それでもボールは、第一次世界大戦で最も成功し、最も尊敬された戦闘機パイロットの一人として記憶され続けています。故郷ノッティンガムでは今も彼を顕彰する記念碑や展示が残されており、その勇気、技量、そして任務への献身は、100年以上の時を経た現在もなお語り継がれています。