遠征隊とブラックフット族の衝突・撤退に関与した人物
1806年7月、ルイス・クラーク探検隊は帰路の途中でブラックフット族との武力衝突に遭遇しました。この事件は、探検隊の旅全体を通じて唯一死者を出した暴力沙汰として歴史に残っています。衝突の後、隊は速やかに撤退し、安全な場所へと移動しました。
この衝突と撤退に関与した主な人物は以下の4名です。
- メリウェザー・ルイス(Meriwether Lewis):探検隊の共同隊長。現場で直接交渉と戦闘に当たり、撤退の指揮を執りました。
- ウィリアム・クラーク(William Clark):もう一人の共同隊長。当時は別働隊を率いていましたが、探検隊全体の指揮官としてこの事件に関与しています。
- ジョン・コルター(John Colter):隊員の一人。現場に立ち会い、後に伝説的な山男(マウンテンマン)として名声を得ることになります。
- ジョン・ポッツ(John Potts):隊員の一人。コルターと共に現場に同行しました。
事件の概要
この衝突は、現在のモンタナ州トゥー・メディシン川付近で発生したとされています。馬をめぐる争いから緊張が高まり、ついには発砲へと発展しました。ルイスたちは即座に撤退を決断し、ミズーリ川沿いへと急ぎ戻ったといわれています。この出来事は、アメリカ西部開拓史における探検隊と先住民の関係を象徴する重要な場面の一つとされています。