古代エジプトの経済は、農業を基盤として発展しました。亜麻(リネン)、綿、ブドウ、穀物、オリーブなどが盛んに栽培され、これらの農産物が国家の富の源泉となっていました。

執筆:Lilian Aguiar
ナイル川がもたらした恵み
古代エジプトの経済を語るうえで欠かせないのが、ナイル川の存在です。毎年定期的に起こる氾濫は、周辺の土地に肥沃な土壌をもたらし、エジプト人にとってまさに「神からの贈り物」とされました。
耕作地はすべてファラオの所有とされていました。ファラオは民衆から「王であり、神であり、絶対的な支配者」とみなされていたのです。しかし実際に土地を管理していたのは、祭司・書記・軍司令官たちでした。彼らは自由民の労働者や奴隷たちを指揮し、土地の耕作を行わせていました。
ファラオを頂点とする中央集権経済
古代エジプト経済の大きな特徴は、国家がファラオという一人の人物のもとに権力を集中させていた点にあります。
ファラオの命により、職人たちは神殿の建設や軍隊用の武器製造を義務づけられました。また、輸出できる余剰物資を独占的に保有していたのは国家だけであったため、対外貿易も国家の専管事項となりました。つまり、生産から流通まで、経済活動のほぼすべてが国家の管理下に置かれていたのです。
農業と家畜の飼育
栽培された主な作物は、亜麻、綿、ブドウ、穀物、オリーブです。この時代にもっとも多く使役された動物はウシとロバでしたが、ヒツジ、ヤギ、ガチョウの飼育も行われていました。
興味深いことに、ウマが使われ始めたのは比較的後期(新王国時代以降)になってからで、エジプト文明の象徴ともいえるラクダは、プトレマイオス朝の時代になってようやく利用されるようになりました。
農業が経済の中核を担っていた一方で、陶器・鉱業・織物といった工業も、規模こそ小さいもののすでに存在していました。
地中海貿易と海外との交流
地中海を舞台とした交易において、エジプト人は先駆者的な存在だったといわれています。船の建造に必要な木材はフェニキアから調達され、その代金は美術品や貴金属との交換によって支払われました。
さらにエジプトは、アラビアやインドとも通商関係を維持していました。ギリシャからは、ミイラ制作(ミイラ化)の工程で使われる植物が供給されました。
デルタ地方の交易拠点
ナイル・デルタの左岸には交易拠点が設けられ、そこではワイン、オリーブ油、陶器、一部の金属製品などが、自国の都市で不足していた小麦と交換されました。
貨幣のない交換経済
国内での小規模な商取引は、直接の物々交換によって行われていました。当時のエジプトには硬貨が存在しなかったためです。ただし、重量が安定して管理された銅や金の製品が、事実上の「通貨」として流通していた点は特筆に値します。
このように古代エジプトの経済は、ナイル川の恵みによる豊かな農業生産と、ファラオによる強力な中央集権体制、そして貨幣を用いない交換経済という、独特の性格を持った体系だったのです。