テーベ神聖大隊とは
神聖大隊(古代ギリシャ語では「ヒエロス・ロコス」)は、古代ギリシャのテーベ軍に編成された精鋭部隊です。優れた訓練と高い士気を誇るこの部隊は、テーベがギリシャ覇権を争った時代の中核を担いました。
部隊の創設と構成
テーベの神聖大隊は、歴史家プルタルコスによれば、テーベの将軍ゴルギダスによって創設された300名からなる精鋭部隊です。
「神聖大隊はゴルギダスによって創設されたと言われている。彼は選りすぐりの300人でこれを編成し、その訓練と維持は都市が負担し、彼らはカドメイアに駐屯した。それゆえに都市大隊と呼ばれたのである。」
さらにプルタルコスは、「一部の人々の説によれば」として、この部隊は150組の男性同士の恋人(師弟愛の絆で結ばれた者同士)で構成されていたと記しています。互いに名誉を守り合うという強い結束力が、部隊の戦闘力の源泉だったと考えられています。
戦術的な運用方法
創設当初、ゴルギダスは神聖大隊をテーベ軍の戦列全体に分散配置し、精鋭兵士たちが他の兵士の士気を高める要として機能させていました。しかし、テュゲラの戦いで大隊が目覚ましい活躍を見せて以降、名将ペロピダスはこれを一種の親衛隊として運用するようになります。その後約30年間にわたり、この精鋭部隊はテーベ軍の中で重要な役割を果たし続けました。
カイロネイアの戦いと壊滅
紀元前338年のカイロネイアの戦いにおいて、神聖大隊は当時まだ若かったアレクサンドロス大王率いる騎兵隊によって壊滅させられました。300名のうち254名が戦死し、生き残った全員も負傷を負うという、徹底抗戦の末でした。
伝承によれば、マケドニア王フィリッポス2世は、大隊が滅んだ場所の前で立ち止まり、次のように叫んだといいます。
「これらの男たちが恥ずべきことを行った、あるいは受けたと疑う者どもは呪われよ。」
埋葬と記念碑
戦死した兵士たちは、戦闘の数日後に集団墓地(ポリアンドレイオン)へ埋葬されました。墓標には石造りの獅子像が据えられ、この像は1818年に発見されています。この墓地は、テスピエのポリアンドレイオンを模したものと伝えられています。