501空挺歩兵連隊、最初の出動へ
最初に戦闘行動に移ったのは、ジュリアン・イーウェル中佐率いる第501空挺歩兵連隊であった。同連隊は12月18日、翌19日午前6時にバストーニュを出発し、東方に展開する米軍前哨部隊との接触を図りながら状況に対応するよう命じられた。
後退を余儀なくされる前哨部隊
これらの前哨部隊は第9装甲師団および第10装甲師団に所属する部隊だったが、すでに一部を追い抜いていたパンツァー・レーア(教導)装甲師団の猛烈な攻勢を受け、後退を余儀なくされていた。一方、ドイツ軍側も第101空挺師団がバストーニュに到着したことを察知しており、アメリカ軍が十分な防御態勢を整える前にこれを撃滅することを狙っていた。
バストーニュへ向かうドイツ軍3個師団
しかしながら、バストーニュ方面へ進撃するドイツ軍3個師団のうち、直接この街の攻略に関わっていたのは2個師団のみであった。第2装甲師団の目標はあくまでムーズ川の橋梁確保に置かれており、バストーニュへの攻撃は東からパンツァー・レーア師団が、北から第26国民擲弾兵師団が担うことになっていた。
ところがここでドイツ軍に思わぬ問題が生じていた。第26国民擲弾兵師団は、機械化されたパンツァー・レーア師団の先頭部隊に追いつこうとして徒労のうちに疲弊しきっており、後続梯団の到着を待たなければならない状況に陥っていたのである。その結果、同師団は米軍拠点に対する計画された総攻撃に、即座に参加できる状態になかった。