古代の歴史

フランス革命の転換点――1789年8月4日、特権の廃止

特権廃止に至るまでの経過

フランス革命は、いくつかの決定的な出来事を経て特権廃止へと向かいました。まず1789年6月20日、国民議会の代議士たちはヴェルサイユの「球戯場(ジュ・ド・ポーム)」に集まり、議長バイイを中心に有名な宣誓を行います。これが「球戯場の誓い」です。彼らはフランスに憲法を与えるまで決してこの部屋を去らないことを誓い、一致団結しました。

続く7月9日、国民議会は憲法制定議会へと改組されます。これにより国王ルイ16世は主権を失い、その権限は議会の代表者たちへと移っていきました。

そして7月14日、パリの民衆が王権の象徴であったバスティーユ牢ティーユ牢獄を襲撃。革命は一気に加速します。

1789年8月4日の夜

フランス革命の転換点――1789年8月4日、特権の廃止

主な登場人物

  • ルイ・ド・ノアイユ(Louis de Noailles)
  • ジャン・バイイ(Jean Bailly)
  • マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien de Robespierre)
  • エマニュエル=アルマン・ド・ヴィニェロ・デュ・プレシ(Emmanuel-Armand de Vignerot du Plessis)

経緯

バスティーユ襲撃の後、「大恐怖(グラン・プール)」と呼ばれる不安がフランス全土に広がりました。農民たちは貴族や領主による報復を恐れ、各地で蜂起します。この恐怖は田園地帯全体に波及し、農民たちは武装して領主の財産――土地台帳や権利証書、さらには城館そのもの――を破壊していきました。

こうした混乱は代議士たちを大いに懸念させました。彼らは貴族のみならずブルジョワジーの所有権をも問われる状況に直面し、抜本的な解決策を迫られることになります。

激しい議論が重ねられた末、1789年8月4日の夜、ついに全会一致の合意が成立しました。その内容は、身分・州・都市・ギルド(同業組合)などあらゆる特権の廃止、そしてそれに付随する封建的権利の撤廃です。この歴史的決定は、全国に大きな熱狂と歓喜をもたらしました。

影響と意義

  • 特権の廃止は、フランス革命における本質的な転換点となりました。革命はここから深い変革のプロセスへと進み、数週間後の1789年8月26日には『人間および市民の権利の宣言』の採択へと結実していきます。
  • 君主制そのものは憲法制定議会によって制限を受けながらも存続しました。しかし、ルイ16世の権力は次第に議会の代表者たちの手へと移り、絶対王政の時代は確実に終わりを迎えつつあったのです。