1620年、メイフラワー号に乗って新大陸へ渡った「ピルグリム」は、イングランド出身の清教徒(ピューリタン)たちです。彼らは宗教を自由に実践できる土地を求めて海を渡り、わずか約100人という小さな集団でアメリカへの移住を果たしました。メンバーの大多数は農民でしたが、大工や鍛冶職人といった職人も少数ながら含まれていました。
厳しい環境の中での生活
アメリカに到着したピルグリムたちは、数多くの困難に直面しました。住居を建て、食料を確保し、先住民との関係を築きながら身を守らなければなりませんでした。さらに、植民地としての統治体制や教会の設立という課題にも取り組む必要がありました。彼らは懸命に働き、これらの試練を一つひとつ乗り越えて、やがてアメリカ合衆国へと発展する基盤となる植民地を築き上げたのです。
ピルグリムの主な生業
ここからは、ピルグリムたちが日々の暮らしを支えるために行っていた仕事を、詳しく見ていきましょう。
農業
ピルグリムの中心的な生業は農業でした。トウモロコシ、小麦、大麦などの作物を栽培し、豚、鶏、牛などの家畜も飼育していました。
漁業
重要な食料源として漁業も盛んに行われていました。タラ、バス(スズキの仲間)、サバなどの魚を捕獲し、食卓に供していました。
狩猟
肉を手に入れるために狩猟も欠かせませんでした。鹿、ウサギ、リスなどの動物が狩りの対象となっていました。
交易
先住民との交易を通じて、食料やさまざまな物資を入手していました。また、アメリカへやって来るイギリス船との取引も行い、必要な品々を調達していました。
職人の技
一部のピルグリムは、大工、鍛冶職人、織物職人といった職人でもありました。彼らは家具、道具、衣類など、植民地の暮らしに不可欠な品々を作り出していました。
まとめ
ピルグリムたちは非常に勤勉な人々であり、過酷な環境の中で数多くの困難を乗り越えながら、成功した植民地を築き上げました。農業を中心としながらも、漁業・狩猟・交易・工芸と多岐にわたる生業を組み合わせた彼らの努力の積み重ねが、後のアメリカ合衆国の礎となったのです。