古代の歴史

1903年にインドネシアはなぜオランダを追放できなかったのか?史実をわかりやすく解説

1903年、インドネシアはオランダを追放しようとしたのか?

結論から述べると、1903年にインドネシアがオランダ人を追放しようとしたことを示す歴史的記録は存在しません。この質問の前提自体が、史実とは異なっている点に注意が必要です。

当時のインドネシアはまだ「国家」ではなかった

1903年当時、現在のインドネシアにあたる地域は「オランダ領東インド」としてオランダの植民地支配下に置かれており、統一された国家としての「インドネシア」はまだ誕生していませんでした。そのため、「国としてオランダを追放する」という行動を取る主体が存在しなかったのです。

民族意識の目覚めと独立運動の始まり

組織的な民族運動が本格的に始まるのは、20世紀初頭になってからです。1908年のブディ・ウトモ設立がインドネシア民族運動の起点とされ、その後、サレカット・イスラムなどの団体を通じて独立への機運が徐々に高まっていきました。

1945年8月17日の独立宣言

インドネシアが正式に独立を宣言したのは、1945年8月17日です。スカルノとハッタがジャカルタで独立宣言を読み上げ、近代インドネシアの歴史がここに幕を開けました。

ただし、宣言後もオランダとの間で武力衝突(インドネシア独立戦争)が続きました。オランダによる主権承認が実現したのは、それからさらに数年後の1949年12月のことです。

まとめ

1903年の時点でインドネシアがオランダを追放できなかったという事象自体が存在せず、正確には「独立国家としてのインドネシアがまだ成立していなかった」ことがポイントです。インドネシアの独立は、1945年8月17日の独立宣言によって初めて実現しました。