テト攻勢とケサンの包囲戦1968年1月末、共産側は旧正月(テト)に合わせて大規模な攻勢を発動した。しかし、空からの補給のおかげで、ケサンで包囲された海兵隊は陣地を守り抜くことができた――もっとも、投下された物資の実に3分の1近くが敵の手に渡ってしまったのだが。ジョンソン大統領は依然として、すべての軍事行動を自分自身で決定しようとしていた。「私の明確な許可なく、一発たりとも爆弾を落としてはならない」。北ベトナムへの最も苛烈な攻撃は、相手を屈服させるどころか、味方パイロットに多大な犠牲をもたらすだけだった。ジャングルを抜けてハノイとサイゴンを結ぶフーチミン・ルートへの攻撃は、南部で戦う部隊への食料