北米の歴史

南北戦争以前のアメリカで対立した「銀行」をめぐる2つの見解とは?

南北戦争以前のアメリカにおける銀行観の対立

19世紀半ばの南北戦争以前、アメリカ合衆国では銀行制度、とりわけ中央銀行の必要性をめぐって、大きく分けて二つの対立する見解が存在していました。

1. ハミルトン的見解――中央銀行必要論

初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンの名にちなむこの見解では、経済を規制し成長を促進するためには中央銀行が不可欠であると考えられていました。ハミルトンは、中央銀行が安定した通貨を供給し、貨幣供給量を管理し、商業活動を円滑化できると主張しました。さらに、公債の管理や政府支出のための資金調達にも役立つと信じていました。

2. ジェファーソン的見解――反中央銀行論

一方、第3代大統領トーマス・ジェファーソンにちなむこの見解は、中央銀行の設立に強く反対しました。ジェファーソンとその支持者たちは、中央銀行が連邦政府に経済に対する過大な権限を与え、腐敗や特権的な癒着を招くと懸念していました。また、中央銀行は富裕層だけに利益をもたらし、農民をはじめとする一般市民の利益を損なうと主張したのです。

その後の歴史的展開

最終的にハミルトン的見解が優勢となり、1791年に第一合衆国銀行(Bank of the United States)が設立されました。しかしその認可(チャーター)は1811年に更新されず、1816年には第二合衆国銀行が設立されました。ところが第二合衆国銀行も同様に論争の的となり、1836年には認可の更新が拒否されました。

その後、南北戦争を経て、1913年に連邦準備制度(Federal Reserve System)が創設され、ここでようやくアメリカは恒久的な中央銀行機能を手に入れることになりました。この歴史は、金融政策を国家がどこまでコントロールすべきかという議論が、建国当初から一貫して続いてきたことを示しています。