1839年、ペルーではアグスティン・ガマーラ政権の下で「フアンカヨ憲法」が公布された。中央集権と行政権限の強化を図ったこの保守的憲法は、成立当初からその専制的性格をめぐって激しい批判の対象となった。以下に紹介するのは、ペルーを代表する法学者が同憲法を「怪物の誕生」と痛烈に断罪した論評である。国家を引き裂いた内乱の只中に生まれ、その大部分が思想も原則も持たぬ者たちの手によって形づくられた。それを率いたのは、ただ一度の凱旋によってすべての人とすべての物を意のままにした一人の軍人――アグスティン・ガマーラである。彼の行政の手腕といえば、権謀術数と陰湿な陰謀工作の操縦にほかならなかった。そして幸運に再