答え:シカゴ大学スタッグ・フィールドの観客席の地下
第二次世界大戦中、後の原子爆弾製造へとつながる世界初の制御された持続的核連鎖反応は、1942年12月2日、アメリカ・イリノイ州にあるシカゴ大学のフットボール競技場「スタッグ・フィールド」の観客席地下で発生しました。
この歴史的な実験を主導したのは、イタリア出身の物理学者エンリコ・フェルミとその研究チームです。彼らは核兵器開発を目的とした「マンハッタン計画」の一環として、極秘裏にこの実験を行いました。
実験装置「シカゴ・パイル1号(CP-1)」とは
フェルミらが建造した装置は、シカゴ・パイル1号(Chicago Pile-1)と呼ばれる、世界最初の原子炉です。黒鉛(グラファイト)のブロックと天然ウランを交互に積み上げた構造で、「パイル(山積み)」という名前もここに由来しています。実験当日、反応が臨界に達した瞬間、人類は初めて核エネルギーを持続的に制御することに成功したのです。
なぜフットボール場の地下だったのか?
実験場所がスタッグ・フィールドの観客席下に選ばれた理由は、機密保持にありました。当時この計画は最高機密扱いであり、その存在自体が知られてはならなかったのです。万が一の事故に備え、緊急時には中性子を吸収するカドミウム塩溶液を装置全体に注ぎ込めるよう対策が講じられていたとも伝えられています。
この実験の歴史的意義
この成功は、原子力発電など平和的なエネルギー利用への道を開いた一方で、1945年の広島・長崎への原爆投下へとつながる技術的基盤ともなりました。現在、実験が行われた跡地には英国の彫刻家ヘンリー・ムーアによる記念碑「原子核(Nuclear Energy)」が設置されており、科学史の転換点を今に伝えています。