キケロによれば、ローマの歴史のごく初期から、最高神祇官(ポンティフェクス・マクシムス)は、その一年間にローマで起こった最も重要な出来事や、コンスル(執政官)をはじめ共和政ローマの高官たちの名前を白い板に書き記し、誰もが読めるよう公共の場所に掲示していたといいます。こうした記録は「アンナレス・マクシムィ(大年代記)」と呼ばれ、毎年編纂され続けました。しかし、キケロが理由を語らないまま、紀元前131年を境にその慣行は途絶えます。以後、年代記はカトーのような文人たちによって、私的な事業としてまとめられるようになりました。一方、ローマ市民の日常生活には、市内で何が起きているのかを知る公式な情報源が存在