ナイル川源流におけるモンスーン雨の消失こそが、ローマ帝国後期のエジプト州における住民の大移動と、集落全体の消滅を引き起こした原因であることが明らかになりました。バーゼル大学の古代史教授サビーネ・ヒューブナー(Sabine Huebner)氏が、人口動態の変遷と環境データを初めて突き合わせたことで、当時の気候変動とその影響の全貌が浮かび上がったのです。 ローマ帝国の穀倉地帯だったファイユーム カイロの南西約130キロメートルに位置し、オアシスのような景観を持つファイユーム地方は、かつてローマ帝国の穀倉地帯として栄えました。ところが西暦3世紀末には、かつて繁栄していた多くの集落が荒廃し、最終的