1946年のインド国民会議派(コングレス党)党首選挙では、全16の州会議委員会のうち13がサルダール・ヴァッラブバーイー・パテルを推薦し、2がラジェンドラ・プラサード博士を、1がマハトマ・ガンジー自身を推す提案を送りました。ところが、ガンジーはパテルではなくジャワーハルラール・ネルーを党首に選ぶという決断を下します。この決定は党内に大きな驚きをもって受け止められました。過去にも繰り返された「逆選択」実は、パテルの名前を挙げる推薦を退けて別の人物を党首に据えるのは、これが初めてではありませんでした。1927年にはパテルの名前が挙がったものの、ムフタール・アフマド・アンサーリーが党首に選ばれていま