ウィリアム・ハワード・タフトは、セオドア・ルーズベルトとウッドロウ・ウィルソンという二人の個性派大統領に挟まれた存在であるため、やや影が薄い印象を持たれがちです。しかしその政策は「ドル外交」と呼ばれ、セオドア・ルーズベルトの外交路線とは対照的なものであり、アメリカの歴史に大きな影響を与えました。日本では、桂・タフト協定の調印者として知られている方も多いかもしれません。大統領になるまでのウィリアム・ハワード・タフトウィリアム・ハワード・タフトは1857年、オハイオ州に生まれました。南北戦争後の大統領にはオハイオ州出身者が圧倒的に多いのですが、よく考えてみると、華々しいイメージの大統領は意外と少な