1956年、モロッコは独立を果たした。しかし喜びも束の間、北部の旧スペイン保護領(リフ地方)を国家に統合する課題がすぐに浮上した。言語統一の方針により、学校や行政ではスペイン語に代わってフランス語が採用された。ところが当時のリフ地方にはフランス語を話せる人材がほとんどおらず、政府は国内の他地域からフランス語圏の行政官を派遣せざるを得なかった。かつてのフランス保護領出身者たちが北部に流入すると、彼らはリフの人々を「劣った存在」として見下す態度を示した。これにより北部住民の疎外感は深まり、外部から来た人々――その多くはイスティクラル党(独立党)のメンバーだった――に対する強い恨みへと発展していった