豊臣秀吉に仕え、「賤ヶ岳しずがたけ七本槍」の一人として名を馳せた加藤嘉明かとう・よしあき。関ヶ原の戦いでも武功を挙げ、晩年には会津藩40万石を治める大名となりました。 しかし嘉明は、会津に入部してわずか4年でこの世を去ります。家督を継いだのは嫡男・加藤明成かとう・あきなり。ところがこの明成、父とはまるで違う暴君だったのです。 やがて明成は、代々加藤家に忠義を尽くしてきた長老たちと対立し、ついには幕府を巻き込む大騒動へと発展します。 今回ご紹介するのは、暴君・加藤明成と長老たちの間で起きた事件――「会津騒動」です。幕府をも巻き込んだ、江戸時代屈指の大御家騒動となりました。 暴君・加藤明成! 1