プロイセン軍には、軽歩兵を運用する伝統がなかった。オスマン帝国との国境地帯から数多くの狙撃兵――有名な「グレンツァー」――を輩出していたオーストリアとは対照的に、フリードリヒ大王の即位以前のプロイセンには、軽歩兵と呼びうる部隊は一切存在しなかったのである。「フライコープス(自由軍団)」の誕生プロイセン軍の軽部隊の中核を担ったのは、いわゆる「フライコープス(Freikorps=自由軍団)」だった。ここには外国人傭兵、元捕虜、他国軍からの脱走兵などが主に編入された。隊員の質が決して高いものではなかったことは、容易に想像できるだろう。フライコープスの編成は1756年に始まった。ただし、彼らが軽歩兵と