ポーランド国内軍(AK)の情報網は、ドイツ本土の奥深くまで食い込んでいた。敵の領土内で彼らは容赦ないプロパガンダ戦を展開したが、それだけではない。ヒトラーの目と鼻の先で、目を見張る爆破攻撃までも組織したのである。第二次世界大戦中、ポーランド地下組織はこうした活動を数多く実行した。ベルリンだけでも、1940年から1943年の間に十数発のポーランド製爆弾が炸裂している。中でも歴史に最も深く刻まれたのが、1943年前半に「ザグラ=リン(Zagra-Lin)」支部が実行した、ベルリンおよびブレスラウ(現ヴロツワフ)の鉄道駅爆破である。関連出版物は少なくないが、依然として解明されていない点も多い。「ザグ