騎士たちが逃げ出した理由――妻たちの「不貞」 曾祖父ボレスワフ1世(勇敢王)時代のポーランドの地位回復を夢見たボレスワフ2世(勇敢王、別名寛大王)。寛大で野心家だが、同時に傲慢で短気、残酷な支配者でもあった彼は、クラクフ司教スタニスワフ殺害と国外逃亡によって全てを失うまで、周辺諸国の内政に介入し覇権政策を推し進めた。その一つがルーシ(キエフ大公国)への遠征であり、甥にあたるイジャスワフをキエフ大公の座に就けたのである。 しかし、年代記作者によればこの遠征は栄光ではなくスキャンダルで終わった。ボレスワフの戦士たちが突如として王を見捨て、ポーランドへ逃げ帰ったのだ。なぜ彼らは離反したのか。戦場で王