背景:二つの首都の対立395年のローマ帝国分裂以降、ラテン伝統を受け継ぐ首都ローマと、ギリシャ伝統を担うコンスタンティノープルとの間で対立が深まっていきました。教会創成期には、重要な決定は各地域の伝統に従って下されていました。しかし次第にローマは、全キリスト教圏に対する権威を主張するようになります。使徒ペトロによって建てられた都市であるローマこそ、他の諸教会に対して首位権を持つはずだという主張です。これに対し、「東方の教会」たるコンスタンティノープルは強く反発しました。8世紀に入ると、名目上はビザンツ皇帝の保護下にあったローマは、イタリアにおけるランゴバルド人の侵入を撃退するためフランク王国の