インド分割をめぐる駆け引きは、マウントバッテン案の修正という形でも展開されました。当時ベンガル州首相を務め、ベンガルにおける「直接行動デー」の張本人ともされるフセイン・シャヒード・スフラワルディーは、ガンジーのもとへ一つの提案を持参しました。その計画とは、ベンガル全域を一つの独立国家として宣言することに国民会議派が同意するというものです。ガンジーは当初、これに同意しました。サラト・チャンドラ・ボースをはじめとするベンガルの国民会議派指導者たちもこの動きに引き込まれ、独立ベンガル構想は具体化し始めます。しかし、ヒンドゥー・マハーサバーの指導者シャマー・プラサード・ムカルジー博士がこの計画を公に暴