バテュス・リアクスの戦いは、ビザンツ(東ローマ)帝国史における最も興味深い戦闘の一つである。対峙したのは、一方に帝国、他方にグノーシス主義を基盤とする異端セクト「パウリキアン派」だった。彼らはイスラム勢力の支援を受けて、現在のトルコ・セバステイア(シヴァス)近郊のテフリケに独立勢力圏を築き上げ、まさに「国家内の国家」と化していたのである。アラブとの同盟と帝国との対立西暦9世紀、パウリキアン派はアラブ勢力と同盟を結び、指導者カルバイアス、続いてクリソケイルの指揮下で、小アジア(アナトリア)へのアラブ軍による一連の侵攻にことごとく参加した。聖像破壊論争の終結後、聖像破壊主義者であったパウリキアン派