ジロンド派の失脚と連邦主義の反乱 ジロンド派の失脚が知られるやいなや、地方諸県は山岳派とパリの覇権拡大に対抗する大規模な抗議運動を起こしました。逃亡に成功したジロンド派議員たちは、多くの県で連邦主義反乱を引き起こします。カーンに避難していた議員たちの影響を受けたシャルロット・コルデーによるマラー暗殺は、この運動の顕現の一つでした。 こうして内情は日増しに荒れ、外敵の侵略の脅威は絶えることがありませんでした。この危機の中で、「革命政府」と呼びうる体制が次第に形を整えていくことになります。 公安委員会と保安委員会の設置 デムーリエ将軍の裏切り翌日にあたる4月6日、9名の委員からなる公安委員会が設