第一次世界大戦後に誕生した「自由都市ダンツィヒ」(現グダニスク)は、1919年から1939年にかけて、建前上は非武装の都市とされていました。銃火器の所持を認められていたのは警察だけでした。しかし、バルト海交易の要衝という戦略的な立地を持つこの街では、現実はそう単純なものではありませんでした。ナチスの影が広がる自由都市1933年以降、ダンツィヒにおけるナチ党の勢力は着実に拡大していきました。党は市のドイツ国への併合を直接決定することこそできませんでしたが、ダンツィヒのナチスたちは、1939年9月に現実のものとなるドイツ軍侵攻への道を開くため、あらゆる準備を進めていたのです。当時、市内に住むポーラ