歴史家たちが記録した分割の惨劇 歴史家マイケル・ブリューチャーはこう記している。 「噂、恐怖、そして狂乱によって、およそ1200万人が住民交換の渦中に巻き込まれた。その半分はヒンドゥー教徒、残る半分はイスラム教徒である。一年が終わらないうちに、約50万人が死に、あるいは殺された。デリーの街路は難行者であふれかえった」 モーズレーは次のように書いている。 「この住民交換で60万人が殺され、1040万人が故郷を追われ、10万人もの少女が誘拐されるか、強制的に競りにかけられた。……子どもたちは足をつかまれて壁に叩きつけられ、少女たちは暴行され、胸を切り裂かれた。妊婦の腹は引き裂かれたのだ」 ジンナ