ジェームズ・ウィルソン・カーマイケル画「北極海のエレバス号とテラー号」、1847年。ロンドン・グリニッジ国立海事博物館所蔵 • WIKIMEDIA COMMONS パナマ運河が開通する以前、大西洋と太平洋を結ぶ船舶が選べる航路は一つだけだった。それは1520年から21年にかけてマゼランが切り開いた航路に沿い、アメリカ大陸の南端を大きく迂回するものだ。この長く費用のかかる旅ゆえに、多くの航海者はより直接的なルート――北米大陸の北側を通過する「北西航路」――を求めるようになった。 しかし最初期の遠征はたちまち、この事業が決して容易ではないことを示した。夢の近道どころか、島々や水路や湾の間を縫うよ