福島正則(ふくしま まさのり)は、幼少の頃から天下人・豊臣秀吉に仕え、「賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍」の一人として、同じ七本槍の加藤清正と並び称される著名な武将です。関ヶ原の戦いでも武功を挙げ、49万石の大名にまで出世しました。しかし正則は豊臣家の恩顧を受けて育った人物だったため、江戸時代になると周囲からの風当たりが強くなります。ついには無許可での城の修復という違反により所領を没収され、後に「福島家改易」という道をたどることになります。大坂の陣で豊臣氏を滅ぼした徳川氏にとって、豊臣出身の武将たちは障害だったのでしょうか。今回は福島正則の生涯を詳しく紹介します。豊臣秀吉といとこ関係!?1561年、