フェルディナンド・マリー・ド・レセップス伯爵(Ferdinand Marie, Comte de Lesseps、1805年ヴェルサイユ生まれ – 1894年アンドル県ラ・シェネー没)は、19世紀フランスを代表する外交官にして実業家である。生涯最大の偉業であるスエズ運河の建設により「スエズ運河の父」として名を馳せる一方、晩年にはパナマ運河計画の破綻に端を発する大スキャンダルにも巻き込まれた、波乱に満ちた人物だった。 若き外交官としての歩み 1825年に外交官としてのキャリアをスタートさせたレセップスは、まずリスボンの総領事館に一員として勤務した。1827年には外務省商務部門の事務局に配属さ