メディチ家からフランス王室へカトリーヌ・ド・メディシスは、マキャヴェッリが代表作『君主論』を献呈したことでも知られるロレンツォ2世・デ・メディチの娘として生まれました。イタリアで育った彼女は、後にフランス国王となるアンリ2世のもとへ嫁ぎ、その運命を大きく変えることになります。喪服をまとった王妃夫アンリ2世が急逝すると、迷信深さで知られていたカトリーヌは黒い喪服を身にまとい、自らの死まで夫を悼み続けたといわれています。この姿は、後世に「黒い女王」という印象を強く刻むこととなりました。摂政として国政を主導息子たちの幼少期、カトリーヌは摂政としてフランスの政治の中枢に立ちました。フランソワ2世の治世