世界史

北米の歴史

  • ドワイト・D・アイゼンハワーとは?連合国を勝利に導いた第34代アメリカ合衆国大統領の生涯

    大戦争の英雄は大統領になる――アメリカの伝統アメリカでは、大きな戦争の後に戦争の英雄が大統領になることがしばしばあります。独立戦争の後にはジョージ・ワシントン、南北戦争の後にはユリシーズ・グラント、そして第二次世界大戦の後にはドワイト・D・アイゼンハワーがその座につきました。大統領になる前のアイゼンハワードワイト・D・アイゼンハワーは1890年、テキサス州に生まれました。彼の家系は、18世紀に宗教改革をめぐる動乱を避けてドイツからスイスへ、さらにスイスからアメリカへと移り住んだドイツ移民です。母親はエホバの証人を信仰し、父親はプロテスタントでありながらユダヤ教徒でもあったとも言われています。ア

  • 第35代ジョン・F・ケネディ――短き治世ながら歴史に刻まれた最も記憶されるアメリカ大統領

    大統領就任前のケネディ ケネディ家は19世紀半ばのアイルランド大飢饉を機にアメリカへ渡った比較的新しい移民一家です。建国以来、アメリカの支配層はWASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)が独占してきました。アイルランド系カトリックのケネディ家は、その伝統的なエリート層とは一線を画す存在でした。 父ジョセフ・P・ケネディは禁酒法廃止に乗じてルーズベルト家と組み、ウィスキーとジンの輸入で巨万の富を築いた実業家です。駐英大使を務め、民主党の裏で多額の資金提供を行う「影の実力者」でもありました。フランクリン・ルーズベルトの当選に貢献し、共産主義者狩り(赤狩り)で知られる共和党のマッカーシー議員

  • 貧困と人種差別に立ち向かった第36代アメリカ合衆国大統領リンドン・ジョンソン

    アメリカ合衆国の歴史には、続けて「ジョンソン」という姓の大統領が登場した時期があります。しかも二人とも、前任の大統領が暗殺されたことで副大統領から大統領に昇格したという共通点を持っています。リンカーン暗殺後に就任したアンドリュー・ジョンソンは反動的な政治を行い、各方面での評価は今ひとつでした。一方、ケネディ暗殺後に就任したリンドン・ジョンソンは、内外から非常に高い評価を受けています。大統領になるまでのリンドン・ジョンソンリンドン・ベインズ・ジョンソンは1908年、テキサス州に生まれました。両親は農場を経営していましたが決して裕福ではなく、ジョンソンは地元のテキサス州立大学に進学しました。日本で

  • アメリカ史上唯一、任期中に辞任した大統領――第37代リチャード・ニクソンの功罪

    はじめに:なぜニクソンはこれほど嫌われるのかリチャード・ミルハウス・ニクソンは、戦後のアメリカ大統領の中でも最も人気のない人物の一人です。「ニクソンを高く評価する記事はほとんど見かけない。アメリカにとって恥だ」という声すらあるほどで、なぜこれほど嫌われているのでしょうか。果たしてその評価は妥当なのでしょうか。大統領になる前のニクソンリチャード・ニクソンは1908年、カリフォルニア州のクエーカー教徒の家庭に生まれました。歴代のアメリカ大統領の多くが東海岸出身であることを考えると、これはかなり珍しいケースです。ちなみに、同じくクエーカーの家庭出身の大統領にはハーバート・フーヴァーがいます。父親は農

  • 「潔白の大統領」ジェラルド・R・フォード――第38代アメリカ合衆国大統領の生涯と評価

    ウォーターゲート事件による前例のない辞任という形でニクソン大統領が退陣した際、その後を引き継いだのがジェラルド・ルドルフ・フォードです。フォード自身の知名度よりも、副大統領を務めたロックフェラー家のネルソン・ロックフェラーのほうが有名かもしれないほどです。大統領になる前のジェラルド・R・フォードジェラルド・フォードは1913年、ネブラスカ州に生まれました。幼少期、父は母に対して家庭内暴力を繰り返していたといわれます。母は実家へ戻って夫を訴え、離婚が成立すると、ジェラルド・フォードという名の男性と再婚しました。このとき少年は「ジェラルド・ルドルフ・フォード・ジュニア」と改名されています。ネブラス

  • 人権外交の旗手!第39代アメリカ合衆国大統領ジミー・カーターの生涯

    人権外交の旗手!第39代アメリカ合衆国大統領ジミー・カーターの生涯ジミー・カーターは、南北戦争以来「ディープサウス」と呼ばれるアメリカ深南部から初めて誕生した大統領であり、在任中のみならず退任後も「人権外交」を実践し続けた人物として広く知られています。大統領になる前のジミー・カータージェームズ・アール・カーター・ジュニアは、1924年に「ディープサウス」と称されるジョージア州で生まれました。「ジミー」はジェームズの愛称です。カーターは、南北戦争時に南部連合側として離脱した南部10州の出身者として、戦後初めて選出された大統領でした。これは、アメリカ政治の主導権が歴史的に変化したことを示す出来事と

  • 双子の赤字!レーガノミクス!「強いアメリカ」を目指した第40代ロナルド・レーガン大統領

    第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンは、就任時70歳という当時史上最高齢の大統領であり、歴代で唯一の離婚経験者でもあります。俳優出身ならではの「偉大なコミュニケーター」と呼ばれた彼は、レーガノミクスと呼ばれる経済政策で「強いアメリカ」の復活を目指しました。 大統領になる前のロナルド・レーガン ロナルド・レーガンは1911年、イリノイ州に生まれました。父はアイルランド系カトリック、母はスコットランド系プロテスタントでしたが、本人は11歳のときにプロテスタントの信仰を受け入れています。 1928年にユーリカ・カレッジに入学し、卒業後はラジオアナウンサーとして活躍。その後ハリウッドに移って

  • 第41代アメリカ合衆国大統領ジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)の生涯

    第41代アメリカ合衆国大統領ジョージ・H・W・ブッシュとは アメリカ合衆国の歴史において、父子二代にわたって大統領を輩出した家系は、建国初期のアダムズ家(ジョン・アダムズとジョン・クインシー・アダムズ)と、20世紀末から21世紀初頭にかけてのブッシュ家だけです。 今回は、日本では「父ブッシュ」「パパブッシュ」として親しまれている、第41代大統領ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュの生涯を振り返ります。 大統領になる前のジョージ・H・W・ブッシュ ジョージ・H・W・ブッシュは1924年、マサチューセッツ州で生まれました。父プレスコット・ブッシュは後に上院議員を務めた政治家であり、彼は恵ま

  • ニューエコノミーを牽引した第42代アメリカ合衆国大統領――ビル・クリントンの生涯と功罪

    個人的に、この名前を聞くとどうしても「不適切な関係」という言葉を思い出してしまいます。しかし、ビル・クリントンは財政再建とIT景気によってアメリカを空前の好況へと導いた、経済面で大きな実績を残した大統領でもあります。ここでは、波乱に満ちた少年時代から大統領就任、栄光とスキャンダルに至るまでの足跡を紹介していきます。 大統領になる前のビル・クリントン ビル・クリントンは1946年、アーカンソー州に生まれました。「ビル」は愛称で、本名はウィリアム・ジェファーソン・クリントンといいます(ジミー・カーターの本名が「ジミー」ではないのと同じように、愛称で呼ばれることの多い人物です)。 彼は第二次世界大戦

  • 第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュ――「史上最悪」と呼ばれる理由

    アメリカは共和党政権になると戦争を始めると言われる。実際、アメリカはおよそ12年ごとに戦争を行っており、そのたびに新たな兵器が必要となる。第二次世界大戦後、共和党政府は軍産複合体と幾度となく結びついてきた。ジョージ・ウォーカー・ブッシュは、そうした共和党大統領の代表格と言える存在だろう。大統領になるまでのジョージ・ウォーカー・ブッシュブッシュは1946年、コネチカット州でジョージ・H・W・ブッシュ(第41代大統領)の長男として生まれた。祖父も政治家、父も政治家、本人も政治家、さらに弟のジェブ・ブッシュはフロリダ州知事という、まさに政治家一族の出身である。父と同じイェール大学で歴史学の学士号を取

  • 史上初の黒人大統領!第44代アメリカ合衆国大統領バラク・フセイン・オバマの生涯

    アメリカ合衆国史上初の黒人大統領——それがバラク・フセイン・オバマです。建国以来、アメリカにおいて黒人たちは差別にさらされ続けてきました。南北戦争までは奴隷として使われ、戦後も迫害は続きました。しかし建国から約230年の時を経て、アメリカの歴史は大きく動きます。2008年、オバマは初の黒人大統領として選出されたのです。大統領になるまでのバラク・フセイン・オバマバラク・フセイン・オバマは1961年、ハワイで生まれました。父はケニア出身の黒人、母はカンザス州出身の白人です。父はイスラム教徒でしたが、オバマ自身はプロテスタントのクリスチャンとして育ちました。両親は1964年に離婚し、以降オバマは母と

  • 歴史の喜劇と悲劇!第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ

    ドナルド・トランプのアメリカ合衆国大統領就任は、アメリカ史上最大の悲劇であると同時に、最大の喜劇でもありました。大統領になるまでのドナルド・トランプドナルド・トランプは1946年、ニューヨークに生まれました。父フレッド・トランプは、ヴィルヘルム1世とビスマルクの時代のドイツ帝国からアメリカへ移住したフリードリヒ・トランプを父に持ち、ニューヨーク全土で2万7,000棟を超える建物を手がけた不動産王でした。ドナルドは父の後を継ぐべく、不動産学部として名高いウォートン・スクールのあるペンシルベニア大学に進学し、1968年の卒業後は父が経営する不動産会社に入社しました。1971年には父から経営権を譲り

  • 弁護士出身のアメリカ大統領は何人? 全46代中27人が法曹資格保持者〜時代別推移とその理由を徹底解説

    突然ですが、クイズです。歴代アメリカ大統領46人のうち、弁護士資格を持っていたのは何人でしょうか? 「アメリカ大統領は戦争の英雄か弁護士が多い」と言われますが、実際の割合はどうなっているのか、データを整理してみました。 結論:約6割が弁護士出身 歴代46人の大統領のうち、弁護士として活動した経験があるのは27人(約59%)に上ります。ただし、時代によって大きな変化があります。 時代別の弁護士出身大統領の割合 時代区分 対象代数 弁護士出身 割合 独立〜南北戦争(1〜16代)

  • マーティン・ルーサー・キング牧師の偉大な生涯 ~「私には夢がある」に込められた想い~

    世界史上最も偉大な人物は誰か――そう問われたとき、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の名前を挙げない人はいないでしょう。人種差別という巨大な壁に、暴力ではなく「非暴力」という信念で立ち向かい、アメリカ社会を変えた一人の牧師の生涯を振り返ります。 「マーティン・ルーサー」という名前の由来 キング牧師は1929年、アメリカ南部ジョージア州に生まれました。当時のジョージア州は「ディープサウス(深南部)」と呼ばれ、アメリカ国内でも黒人差別が最も深刻だった地域の一つです。 19世紀後半、リンカーン大統領率いる北部は奴隷解放宣言を発し、南北戦争で南部連合を破って国家の統一を成し遂げました。しかし、

  • 「公民権運動の母」ローザ・パークスとは?バス事件の真相と偉大な勇気、その生涯をわかりやすく解説

    このブログでは以前、「偉大な女性ランキング」という企画を行ったことがあります。人類史上の悪役ランキングほど広く知られたものではありませんでしたが、個人的にはローザ・パークスは人類史上トップ10に入る女性の一人だと考えています。彼女が示した勇気は、やがてアメリカ全土を巻き込む大きな運動へと発展したことは間違いなく、私が最も尊敬する人物の一人でもあります。 ローザ・パークス事件とは 不思議なことに、この出来事は世界史の教科書にはほとんど登場しません。しかし英語の教科書には必ずと言っていいほど載っており、「ローザ・パークス事件」は人類史上の重大事件トップ100に入る出来事だと私は考えています。

  • 紀元前300年~西暦750年:マヤ文明とテオティワカンの興亡

    紀元前300年頃:マヤ、壮大な石の都市を築き始める 中央アメリカの熱帯雨林は、高温で湿度の高い環境です。そんな密林の中に、マヤ人たちは都市を築き始めました。彼らの都市は、広場、神殿、宮殿、そして神聖な球戯(ボールゲーム)が行われる球戯場からなる複合施設を中心として配置されていました。建物の表面には、マヤの神々や王たちの姿が彫刻として施され、都市全体が宗教的な雰囲気に包まれていました。 紀元前100年頃~250年:テオティワカンの建設 テオティワカン(現在のメキシコ)は、古代アメリカ大陸最大の都市へと発展しました。都市の中心部にある城塞には、この街の支配者たちの壮麗な宮殿が立ち並んでいました。

  • 紀元前1200年〜紀元前400年:メキシコ湾岸に栄えたオルメカ文明

    オルメカ族は、メキシコ湾に面した湿地帯の平原に暮らしていた古代民族です。彼らは家畜を飼う習慣を持たず、生活はもっぱら農作物に依存していました。農民たちは主にトウモロコシを栽培し、そのほかにインゲン豆、カボチャ、トウガラシ、アボカドなども育てていました。紀元前1200年頃サン・ロレンソの建設オルメカ族はサン・ロレンソと呼ばれる場所で、神々に捧げる神殿の建設を始めました。この地はやがて、オルメカ文明における宗教的・政治的な中心地へと発展していきます。紀元前900年頃サン・ロレンソの破壊とラ・ベンタの台頭サン・ロレンソが破壊された後、新たな祭祀の中心地としてラ・ベンタが誕生しました。宗教儀式は、色づ

  • 紀元前2000年〜西暦700年:古代ペルー文明の歩み

    紀元前2000年頃 ペルーにおける農耕の始まり ペルーは南アメリカ大陸の北西部に位置しています。古代ペルーの人々は定住農民であり、トマト、トウモロコシ、唐辛子、カボチャ、ジャガイモなどの作物を栽培していました。また、肉・乳・羊毛を得るためにリャマを飼育し、荷運びの手段としても活用していました。 紀元前1200年〜紀元前300年頃 チャビン文明 チャビン人は、南アメリカ最初の偉大な文明を築いた民族です。彼らは熟練した石工であり、しかめっ面をした動物の神々を彫刻や浮き彫りとして施した巨大な神殿を数多く建造しました。さらに、アメリカ大陸で最も早く金細工を手掛けたことでも知られています。 紀元前50

  • 紀元前15,000年〜西暦550年:北アメリカ大陸の歴史

    紀元前15,000年頃 最初の人類が北アメリカへ到達 この氷河期には、地球の大部分が氷と雪に覆われていました。当時は海面が下がっていたため、陸地と氷の橋(ベーリング地峡)がアジアとアメリカ大陸をつないでいました。最初のアメリカ先住民(ネイティブ・アメリカン)たちは、徒歩あるいは沿岸沿いにアジアから新大陸へと渡りました。彼らはマンモス、馬、バイソンといった大型動物を追い求めながら、広大な土地を移動していきました。 紀元前10,000年頃 平原の狩人たち マンモスは絶滅しましたが、バイソンは消滅を免れた数少ない大型哺乳類の一つでした。狩人たちはより小型の動物を狩るようになり、食料としては野生の植

  • アステカ社会の身分制度と歴史:ピラミッド型階級社会の実像

    柔軟な身分制度:アステカ帝国における社会的移動アステカ帝国の社会は驚くほど柔軟で、身分を超えた社会的移動が実際に行われていました。自由な下層民の中には、戦場での武勇によって身を起こす者もいました。軍隊内で階級を重ねて軍事貴族の一員となったり、宗教の道に進んで最高位の大祭司にまで登り詰めることも可能でした。能力と功績次第で立身出世が望めた点は、アステカ社会の大きな特徴といえるでしょう。ピラミッド型に組織された社会構造アステカの社会は、まさにピラミッドのように階層化されていました。頂点に近いほど権力と特権が集中し、底辺には多数の労働者たちが位置していました。最下層:奴隷最下層には奴隷が位置していま

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