世界史

北米の歴史

  • 第13代アメリカ合衆国大統領ミラード・フィルモア――ペリーを日本へ派遣した「不人気」大統領の生涯

    アメリカ史上、副大統領から昇格して大統領となった2人目の人物。日本へペリーを派遣したことで知られながら、歴史上一度も人気を得ることができなかった大統領――それが第13代アメリカ合衆国大統領ミラード・フィルモアです。極貧の中から這い上がった大統領西洋史において、一代で成り上がった人物は決して多くありません。古代ローマ皇帝には貧しい農夫出身の者がいましたが、君主や国家元首として極貧の身から立ち上がった例は、西洋史全体を見渡してもごくわずかです。ミラード・フィルモアは、その数少ない例外の一人でした。彼はニューヨーク州の丸太小屋で生まれ育ちました。貧しさゆえに学校に通うこともできず、読み書きすらおぼつ

  • フランクリン・ピアース――第14代アメリカ合衆国大統領の生涯と評価

    歴代アメリカ大統領の中でも、不人気な大統領が集中している時代があります。それは、アンドリュー・ジャクソンからセオドア・ルーズベルトまでのおよそ100年間です。 この時期、アメリカは急速な発展を遂げていました。しかし、国際的な視点で見れば、まだそれほど影響力を持つ存在ではなく、かつてイギリスの植民地だった国という評価にとどまっていたのです。 さらにこの時代は、奴隷制存続を主張する勢力が国政を支配し、ネイティブ・アメリカンへの迫害や奴隷制の法的強化が進められた時代でもありました。もし自分が当時のアメリカ人だったら、この時代を恥ずかしく思うことでしょう。 今回取り上げるフランクリン・ピアースも、史上

  • 映画『ビューティフル・マインド』の実在モデル、天才数学者ジョン・ナッシュの波乱の生涯

    映画『ビューティフル・マインド』を観ました。この記事を書いている2019年6月時点ではAmazonプライムで視聴できるので、まだ観ていない方はぜひ一度ご覧になってみてください。映画『ビューティフル・マインド』の感想ジョン・ナッシュの生涯ジョン・ナッシュの人生から考えること映画『ビューティフル・マインド』の感想ジョン・ナッシュという人物の人生について触れる前に、まずは映画『ビューティフル・マインド』を観た感想からお話しします。私はこの映画を、何の予備知識もないまま観ました。「イミテーション・ゲーム」という映画を観終わったあと、Amazonのおすすめに表示されていたのがきっかけです。「イミテーショ

  • アメリカ史上最も人気のない大統領――第15代 ジェームズ・ブキャナン

    ランキング好きという点では、日本人とアメリカ人はよく似ています。「何にでも順位をつけたい」という欲求は国民性なのでしょう。なかでも歴代大統領の人気ランキングは、アメリカ社会で繰り返し話題になる定番テーマです。不動の最下位、ジェームズ・ブキャナン1位の座をめぐっては毎回激しい争いが繰り広げられます。フランクリン・ルーズベルト、セオドア・ルーズベルト、リンカーン、ケネディ、ジョージ・ワシントン……票が割れるのは常にこのあたりの顔ぶれです。ところが最下位だけは違います。ほぼ毎回、動かないのです。そこに君臨し続けるのが、第15代大統領ジェームズ・ブキャナンです。凡庸な大統領としての経歴ブキャナンの人生

  • 反動的な政治を行った第17代アメリカ合衆国大統領アンドリュー・ジョンソン

    リンカーンとケネディには多くの共通点があると言われますが、最も不思議な偶然のひとつは、両者とも在任中に暗殺され、副大統領の名前がどちらも「ジョンソン」だったことでしょう。では、リンカーンの死後に大統領となったアンドリュー・ジョンソンとは、どのような人物だったのでしょうか。南部出身の大統領アンドリュー・ジョンソンの大きな特徴は、典型的な南部であるテネシー州を地盤とする南部出身者だったという点です。リンカーン政権の時代は南北戦争の時期とほぼ重なります。南北戦争は北部と南部の戦いであり、南部諸州は一時的に連邦から脱退しました。真っ先に脱退の意思を示したのがサウスカロライナ州でした。ジョンソンは180

  • 南北戦争の英雄にして第18代アメリカ大統領――ユリシーズ・グラントの生涯

    初代ジョージ・ワシントン以来、アメリカの歴代大統領には軍人出身の英雄や弁護士が数多く名を連ねています。南北戦争直後に第18代大統領となったユリシーズ・グラントは、まさに「戦争の英雄」タイプの代表格と言える存在です。南北戦争の英雄ユリシーズ・グラントは1822年、オハイオ州に生まれました。「ユリシーズ」という名は、トロイア戦争の英雄オデュッセウス(英語読みでウリシーズ)にちなんだものです。17歳のとき、下院議員トマス・ヘイマーの推薦で陸軍士官学校(ウェストポイント)への入学が決まります。ところがこの際の手続き上の誤りから、本名の「ハイラム・ユリシーズ・グラント」ではなく「ユリシーズ・シンプソン・

  • 第20代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・ガーフィールドの暗殺――就任わずか半年で散った生涯

    個人的に、ガーフィールドといえば、昔読んだ赤い表紙の本に書かれていた逸話を思い出す。それは、どうしても勝てない同級生がいたガーフィールドが、その同級生の家の灯りが消えるまで毎晩勉強し続けた結果、ついに成績で追い抜くことに成功したという話である。 しかし残念なことに、ガーフィールドは大統領として1年間さえ職務を全うすることはできなかった。 大統領になるまでのガーフィールド ガーフィールドは、前大統領ヘイズと同じくオハイオ州で生まれ育った。 そしてこれもヘイズと同様に、幼い頃に父親を亡くしている。ただしヘイズとは異なる道を歩んだ。小学校を終えた16歳で船員として働き始めるが、病気のために退職。そ

  • ラザフォード・B・ヘイズとは?第19代アメリカ合衆国大統領の生涯と功績

    19世紀後半は、ドイツやイタリア、日本といった新興国家が誕生し、フランスやイギリスが帝国主義へと突き進んだ激動の時代でした。そんな中、アメリカは「金ぴか時代(Gilded Age)」と呼ばれる高度経済成長期を迎えていました。しかし、急速な社会発展に伴って噴出する諸問題に対し、特段の有効な手を打てなかったのが第19代アメリカ合衆国大統領ラザフォード・B・ヘイズです。 大統領になる前のラザフォード・B・ヘイズ ヘイズ家は17世紀前半にスコットランドから渡米した、アメリカでも最古級の移民の一族であり、ヘイズの幼少期にはオハイオ州デラウェアに定住していました。父はヘイズが物心つく前に亡くなり、母や伯父

  • 第21代アメリカ合衆国大統領 チェスター・A・アーサーの生涯と功績

    アメリカ合衆国大統領は、世界で最も重い責任を担う職務であると同時に、命さえ危うくなりかねない過酷な役目でもあります。歴史上、何人もの大統領が暗殺されてきました。第20代大統領ジェームズ・ガーフィールドもその一人であり、彼が暗殺されたことを受けて、副大統領だったチェスター・アラン・アーサーが第21代大統領へと昇格することになりました。 大統領になる前のチェスター 父ウィリアム・アーサーはアイルランドからの移民で、母マルヴィナ・ストーンは独立戦争の時代に活躍した家系の出身でした。チェスター自身はバーモント州の生まれとされていますが、大統領に就任すると、その出生をめぐって厳しい視線が注がれることにな

  • 第22代・第24代アメリカ合衆国大統領 グローバー・クリーブランド

    アメリカ合衆国の歴史において、2期連続で大統領を務めた人物は数多く存在します。しかし、連続しない2期にわたって大統領を務めたのは、グローバー・クリーブランドただ一人です。第22代と第24代という離れた任期を務めた唯一の大統領として、彼はアメリカ政治史に特別な足跡を残しています。 大統領になる前のクリーブランド クリーブランドは1837年、ニュージャージー州で長老派教会の牧師の息子として生まれました。父はイギリス系の家系を持つ伝統的なアメリカ人であり、母はドイツ移民の血を引く一族の出です。母方の先祖にはモーゼス・クリーブランドがおり、オハイオ州クリーブランド市の地名の由来となった人物として知ら

  • 第23代米国大統領ベンジャミン・ハリソン――産業資本家の従順な傀儡となった男

    南北戦争後のアメリカ政治と政権交代南北戦争後のアメリカでは、大統領の座は主として戦勝国である北部出身者、すなわち共和党員が占めていました。しかし「権力は腐敗する」という法則どおり、共和党の大統領や連邦議員たちは次第に産業資本家と結託し、国民からの支持を失っていきました。その結果、民主党のグローバー・クリーブランドが第22代大統領に就任し、共和党による支配体制は一時崩れることとなります。ところが、クリーブランドがプロテスタント的な倫理観に基づいて産業資本家への規制を強めたため、政権は再び共和党の手に戻ることになりました。それが第23代大統領ベンジャミン・ハリソンです。大統領になる前のベンジャミン

  • ウィリアム・マッキンリーとは?米西戦争を引き起こした第25代アメリカ大統領の生涯

    19世紀末、白人にとっての「アメリカンフロンティア」は消滅した。それでも拡張の思想は止むことなく、アメリカはさらなる領土を求めて海外へと進出していく。ウィリアム・マッキンリーは、そうしたアメリカ帝国主義を象徴する大統領である。 南北戦争最後の大統領 ウィリアム・マッキンリーは1843年、オハイオ州に生まれた。南北戦争以降続く「オハイオ出身の大統領」の一人と言える存在だ。 実際、南北戦争後にはラザフォード・B・ヘイズ、ジェームズ・ガーフィールド、ベンジャミン・ハリソンと、オハイオ州出身の大統領が相次いで誕生している。これは南北戦争以前にバージニア州出身者が多かったことと好対照であり、アメリカ政治

  • セオドア・ルーズベルト、第26代アメリカ合衆国大統領――トラストと戦み「棍棒外交」を振るった強者の生涯

    建国から200年以上に及ぶアメリカの歴史において、セオドア・ルーズベルトの人気は間違いなくトップ5に入るでしょう。実際、ランキング好きなアメリカ人の間で行われる歴代大統領の人気投票では、彼は常に上位の常連となっています。「テディベア」の名前の由来となり、「棍棒外交」を展開し、巨大化する産業資本家と初めて真正面から対決した第26代大統領の生涯を、じっくりと見ていきましょう。大統領になるまでのセオドア・ルーズベルトセオドア・ルーズベルトは、1858年にニューヨーク州ニューヨーク市で生まれました。先祖は17世紀半ばにアメリカへ渡ったオランダ系移民で、姓の「ルーズベルト」もそこに由来します。やがてルー

  • 「ドル外交」を推進した第27代アメリカ大統領ウィリアム・ハワード・タフトの生涯

    ウィリアム・ハワード・タフトは、セオドア・ルーズベルトとウッドロウ・ウィルソンという二人の個性派大統領に挟まれた存在であるため、やや影が薄い印象を持たれがちです。しかしその政策は「ドル外交」と呼ばれ、セオドア・ルーズベルトの外交路線とは対照的なものであり、アメリカの歴史に大きな影響を与えました。日本では、桂・タフト協定の調印者として知られている方も多いかもしれません。大統領になるまでのウィリアム・ハワード・タフトウィリアム・ハワード・タフトは1857年、オハイオ州に生まれました。南北戦争後の大統領にはオハイオ州出身者が圧倒的に多いのですが、よく考えてみると、華々しいイメージの大統領は意外と少な

  • ウッドロー・ウィルソンとは?平和を愛した第28代アメリカ合衆国大統領と国際連盟の創設

    第26代セオドア・ルーズベルトが「最も大統領らしい大統領」だとすれば、第28代ウッドロー・ウィルソンは「最も大統領らしくない大統領」だと言われることがあります。トマス・ウッドロー・ウィルソンは、第一次世界大戦の経験から国際連盟の設立を提唱し、心から平和を愛した大統領でした。大統領になる前のウィルソンウッドロー・ウィルソンは1856年、バージニア州において、博士号を持つ父ジョセフ・ラグルス・ウィルソン(オハイオ州出身)の子として生まれました。南北戦争後にバージニア州出身として初めて大統領となった人物です。父方の祖父も父も敬虔なカルヴァン派のキリスト教徒であり、父はアメリカ合衆国長老教会の創設にも

  • 史上最悪のアメリカ大統領の一人!第29代大統領ウォーレン・G・ハーディング

    「アメリカ史上最も評価されていない大統領」 これはかつてウォーレン・G・ハーディングに対する定番の評価でした。しかし近年の再検証では、在任中に失業率を半減させるなど、決して無能とは言い切れない業績を残していたことが明らかになりつつあります。それでもなお「史上最悪級」と呼ばれる理由とは何なのでしょうか。 大統大統領になる前のウォーレン・G・ハーディング ハーディングは1865年、南北戦争後の歴代共和党大統領と同じくオハイオ州に生まれました。父は元々教師でしたが、後に雑誌「アルゴス」の経営者となっています。ハーディングはオハイオ中央大学で新聞出版と経営を学び、卒業後は地元紙「マリオン・デイリー

  • 第30代大統領カルビン・クーリッジ――「沈黙のカル」と呼ばれた男の生涯

    アメリカ第30代大統領カルビン・クーリッジについて、明確な印象を持っている人は意外と少ないかもしれません。静かに職務を見守ることを信条とした彼は、「沈黙のカル(Silent Cal)」のあだ名でも知られる人物です。大統領になる前のカルビン・クーリッジクーリッジは1872年7月4日、偶然にもアメリカの独立記念日にバーモント州で誕生しました。マサチューセッツ州のアマースト大学で学び、卒業後は同州で弁護士として働きます。1899年にはノーサンプトンの市会議員に選出され、1907年からは州議会議員を務めました。その後、1910年にノーサンプトン市長に就任し、1912年から再び州議会議員に復帰、1919

  • 大統領としては無能、しかし最も偉大な人道主義者だった男——第31代アメリカ合衆国大統領ハーバート・フーバーの生涯

    はじめに世界恐慌に際して「フーヴァー・モラトリアム」と呼ばれる国家不介入とも言える姿勢を示し、アメリカのみならず世界をも混乱させたのが、第31代アメリカ合衆国大統領ハーバート・フーバーです。第一次世界大戦の余波は一時的なものにとどまらず、ソ連における計画経済の権威を強め、ドイツではナチスが台頭し、日本では軍国主義が勃興しました。その結果、第二次世界大戦へと至る導火線に火が点けられたのです。大統領になる前のフーバーハーバート・フーバーは、アイオワ州でクエーカー教徒の子として生まれました。クエーカー教はキリスト教の一派で、その発生はイギリスのピューリタン革命の時期とされており、平和主義や質素な生活

  • アメリカを世界最強の国に変えた男!第32代大統領フランクリン・ルーズベルトの生涯

    フランクリン・ルーズベルトは、アメリカ史上唯一、3期を超えて大統領を務めた人物です。世界恐慌や第二次世界大戦といった、世界史上もっとも困難な時代にアメリカを率いた指導者として、「歴代最高の大統領」と評されることも少なくありません。大統領になるまでのフランクリン・ルーズベルトルーズベルト家は、姓「ルーズベルト(バラの畑)」を掲げたオランダ系移民がアメリカ・ニューヨークに移り住んだことに始まるとされます。初代クラース・ファン・ローゼンベルトの死後、家系は二つの大きな分家に分かれ、一方からセオドア・ルーズベルトが、もう一方からフランクリン・ルーズベルトが輩出されました。母方の家系は、フランスでの弾圧

  • ハリー・S・トルーマンとは?冷戦を開始した第33代アメリカ合衆国大統領の生涯と評価

    日本では広島と長崎への原子爆弾投下で知られるトルーマンですが、その実像はそれにとどまりません。第二次世界大戦の終結から冷戦の開始まで、激動の時代を牽引した重要な指導者でした。本記事では、トルーマンの生涯、主要な政策、そして後世に残した影響について詳しく解説します。大統領になる前のハリー・S・トルーマントルーマンは1884年にミズーリ州で生まれ育ちました。地元の高校を卒業した後、銀行に就職しています。大学には最後まで進学しなかったまま、後にアメリカ大統領へと上り詰めた珍しい経歴の持ち主です。第一次世界大戦が勃発すると、トルーマンは志願兵として従軍し、最終的に大尉まで昇進しました。帰還後、一時的に

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