世界史

北米の歴史

  • アメリカン・ウェイ・オブ・ライフとは?アメリカ的な生き方の特徴と歴史的影響

    アメリカン・ウェイ・オブ・ライフとは 「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ(American Way of Life)」とは、第一次世界大戦および第二次世界大戦後のアメリカ合衆国で確立された生活様式・行動モデルを指す言葉です。 この生き方の基盤となったのは、大量消費(消費者主義)、社会的な標準化、そして自由民主主義の価値観への揺るぎない信頼でした。 アメリカン・ウェイ・オブ・ライフの特徴 自由の中で勝利をつかみ、幸福な人生を送るという理想こそが、このアメリカ的な生き方を定義づけています。物質的な豊かさによって得られる幸福は、二度の世界大戦がもたらした惨禍を忘れるための「逃げ道」となったのです。

  • アメリカの独立(1776年):独立宣言の背景から歴史的意義まで徹底解説

    アメリカ合衆国の独立(アメリカ独立革命とも呼ばれる)は、1776年7月4日に宣言されました。 この瞬間から、イギリスはアメリカ人の運命を左右する立場ではなくなり、新しい国家の歴史が幕を開けたのです。 独立直後の1776年から1787年までは連合規約による体制が敷かれ、中央政府は存在せず、各州がそれぞれ主権を保持していました。 その後、1787年にアメリカ合衆国憲法が公布され、大統領制共和政のもとで各領域がひとつの国家として統一されることになります。 アメリカ独立の背景:増税と植民地人の不満 七年戦争後の重い負担 七年戦争(1756〜1763年)の後、イギリス議会は戦争の費用を賄うため、北米

  • キューバ革命とは?バティスタ政権打倒から社会主義化までの歴史を解説

    1959年に起こったキューバ革命は、フルヘンシオ・バティスタの独裁政権を打倒したゲリラ運動です。この革命により、キューバには社会主義体制が確立され、カリブ海の島国は政治的・経済的にソビエト連邦と結びつくことになりました。歴史的背景キューバの独立は、アメリカとスペインの戦争を通じて獲得されました。1898年、スペインの敗北により、アメリカはこの島に大きな影響力を持つようになります。その影響力を強固なものにするため、アメリカ上院はプラット修正条項を承認し、キューバに対して自国の憲法に「プラット修正条項」を組み込むことを義務付けました。これにより、アメリカは政治的不安定が生じた場合にキューバへ介入す

  • インカ・アステカ・マヤ文明とは?三大古代文明の歴史と特徴を解説

    アメリカ大陸において物質的にもっとも高度に発達した文明といえば、インカ、アステカ、マヤの三大文明です。 これらは1492年にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到達する以前に発展したことから、「プレ・コロンビアン(コロンブス以前)」の文明とも呼ばれます。 三つの文明はそれぞれ異なる地域で繁栄し、同時に共存することはありませんでしたが、その遺産は今日でも中央・南アメリカの各国に色濃く残っています。 ここでは、それぞれの文明の特徴を詳しく見ていきましょう。 インカ文明 インカ文明は、現在のペルー、コロンビア、エクアドル、ボリビア西部、チリ北部、アルゼンチン北西部にあたる広大な領域を支配して

  • アルゼンチンとは?基本データから国旗・経済・文化・観光スポットまで徹底解説

    アルゼンチンの概要正式名称をアルゼンチン共和国と呼ぶアルゼンチンは、南アメリカ大陸の南部に位置する国家です。国土面積はブラジルに次いで南米で2番目に大きく、世界でも上位10か国以内に入る規模を誇ります。人口については、ブラジルとコロンビアに次ぐ南米第3位の人口大国となっています。国土は大西洋に面し、ボリビア、ブラジル、チリ、パラグアイ、ウルグアイの5か国と国境を接しています。なお、ブラジル側ではパラナ州、サンタカタリーナ州、リオグランデ・ド・スール州がアルゼンチンとの国境に位置しています。興味深いことに、「アルゼンチン」という国名はラテン語のargentum(銀)に由来しています。これは、この

  • マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとは?生涯、非暴力の闘い、名言を解説

    マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King Jr.、1929年〜1968年)は、アメリカ合衆国における人種差別との闘いを牽引したバプテスト教会の牧師であり、黒人指導者の一人です。 政治活動家として、キングは黒人人口に対する生活賃金の保障や雇用機会の拡大を求めました。さらに、女性の権利を擁護し、ベトナム戦争にも反対するなど、幅広い社会正義の実現を目指して活動しました。 マーティン・ルーサー・キングの生涯 マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、1929年1月15日にアトランタ(ジョージア州)で生まれました。祖父も父もバプテスト教会の牧師であり、キング自身もこ

  • 先コロンブス期の人々とは?マヤ・アステカ・インカ三大文明の特徴と暮らし

    先コロンブス期の人々(Pre-Columbian peoples)とは、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到達する以前から、そこに暮らしていた人々を指します。 この用語は、ヒスパニックアメリカおよびアングロサクソンアメリカにおける先住民を表す際に使われます。ブラジルの場合は、ポルトガル人航海者ペドロ・アルヴァレス・カブラルの来航にちなみ、「先カブラル期(pre-cabraline)」という呼び方が用いられます。 先コロンブス期の文化としては、インカ、アステカ、マヤをはじめ、アイマラ、ティクナ、ナスカなど、実に多様な民族や文化が存在していました。 先コロンブス期の三大文明 中でも特に研究

  • ミシシッピ文化が生んだ擬人化パイプ――そこで吸われていたものは何だったのか?

    擬人化された土器パイプ――ミシシッピ文化の傑作擬人化された粘土製パイプは、ミシシッピ文化が生み出した最も美しく興味深い作品の一つです。これらの遺物は紀元前1500年頃から西暦12世紀にかけて発展を遂げ、単純な直管型から、ボウル(火皿)が擬人形や動物形をなし、しばしば神話上の人物を描くパイプへと進化していきました。その美しさゆえに、パイプは数十年にわたり研究の対象となってきました。しかし、それらが実際に喫煙に使われたのか、そして何が吸われていたのかを特定する専門的な分析は比較的新しい研究分野であり、このテーマに関する発表があるたびに、新しく非常に興味深い情報がもたらされています。スピロ遺跡出土の

  • 「ドクター・フィールグッド」の正体――アンフェタミン注射でJFKの大統領への道を支えたマックス・ジェイコブソン

    JFKが最も信頼した医師の一人は、ビドゴシュチュ近郊の町の出身だった。マックス・ジェイコブソン博士は1960年代後半まで、アメリカ社交界の名士たちをアンフェタミン、メタンフェタミン、そして……人間の胎盤で治療し続けたのである。マックス(本名モーシェ)・ジェイコブソンの正確な生年は不明だ。1900年とする資料もあれば、1903年とする資料もある。ただ分かっているのは、当時ドイツ帝国領だったフォルドン――現在はポーランドのビドゴシュチュの一地区――で、ユダヤ人肉屋の息子として生まれたということだ。学齢期を迎える前に、母親の故郷であるベルリンへ一家で移住した。帝都ベルリンで医学教育を受け、家庭を築い

  • 忘れてはならないアメリカ史の負の側面──ドレッド・スコット判決が残したもの

    大学のゼミで「アメリカ法」を学んだ筆者は、この「ドレッド・スコット対サンフォード事件」を扱う機会がありました。世界史の教科書では「南北戦争」は奴隷解放の戦争として教えられていますが、実際の歴史はそれほど単純なものではありません。 先日、トニ・モリソンの『ビラヴド』を読み、久しぶりにこの事件に触れる機会がありました。そこで今回は、南北戦争の引き金となった「ドレッド・スコット事件」について掘り下げてみたいと思います。 連邦制国家アメリカ アメリカ合衆国の正式名称は「United States of America」。単一の国家というより、「州(ステート)の集合体」としてのアメリカと捉えたほうが理

  • アメリカ建国の父・ジョージ・ワシントンの生涯と実像――初代大統領はどんな人生を歩んだのか

    アメリカ合衆国の初代大統領がジョージ・ワシントンであることは広く知られていますが、彼がどのような人物で、どのような人生を送ったのかを詳しく知る人は意外と少ないのではないでしょうか。 今回は、アメリカ建国の父と呼ばれるジョージ・ワシントンの生涯を振り返りながら、その人物像に迫っていきます。 マーサとの結婚で一躍名士に ジョージ・ワシントンは1732年、イギリス領バージニア植民地に生まれました。 ワシントン家は1657年にイングランドからアメリカへ移住した移民の家系で、農業や鉱山開発に従事してはいたものの、支配層ではありません。ごく普通のイギリス系アメリカ人の家庭だったと言えます。 そんなワシ

  • トーマス・ジェファーソン ~独立宣言に奴隷解放を盛り込もうとした第3代アメリカ合衆国大統領~

    アメリカ・サウスダコタ州にあるラシュモア山記念国立公園には、4人のアメリカ大統領の巨大な石像が彫刻されています。 これはアメリカ史上最も成功を収めたとされる4人の大統領をモチーフにしたもので、左からジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、セオドア・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーンです。 今回は、アメリカ建国の父の一人であり、第3代大統領を務めたトーマス・ジェファーソンの生涯を見ていきましょう。 「最も偉大な大統領」の一人 ジョン・F・ケネディはかつて、ノーベル賞受賞者49人をホワイトハウスでの晩餐会に招いたことがあります。 その際、彼は次のような言葉を口にしたと言われています

  • 第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローを、個人的には評価したくない理由

    個人的な好みはさておき、第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローは、政治家として華々しい実績を残した人物です。しかし、その裏には評価しがたい側面も多くあります。 第5代アメリカ合衆国大統領 ジェームズ・モンローは、バージニア州の地主階級の出身です。アメリカ最初の植民地がバージニアであったことを考えれば、建国初期の歴代大統領のうち多くがバージニアの地主階級出身だったという点は注目に値します。 モンローはトーマス・ジェファーソンと同じくウィリアム・アンド・メアリー大学に入学しましたが、レキシントン・コンコードの戦いが起こると学業を中断し、アメリカ独立戦争に参加しました。独立後は大学に戻ら

  • 第6代アメリカ合衆国大統領ジョン・クインシー・アダムズ――名外交官の光と影

    アメリカ合衆国の歴代大統領の中には、親子二代で大統領を務めた家系が二つあります。ひとつはブッシュ家、そしてもうひとつがアダムズ家です。第6代アメリカ合衆国大統領ジョン・クインシー・アダムズは、第2代大統領ジョン・アダムズの息子にあたります。独立戦争を経験しなかった初めての大統領初代から第4代までのアメリカ大統領は、いわば「アメリカ建国の父」と呼ばれる世代です。彼らはそれぞれ独立戦争や独立宣言の起草に関わってきました。第5代のジェームズ・モンローも独立戦争に従軍しています。そのため、ジョン・クインシー・アダムズは、独立戦争を経験していない最初の大統領となりました。とはいえ、彼が無経験だったわけで

  • アンドリュー・ジャクソン――第7代アメリカ合衆国大統領の功罪

    1830年に実施された国勢調査によると、アメリカ合衆国の人口は1,200万人を超えていました。1790年には約400万人だったため、わずか40年足らずで3倍に膨れ上がったことになります。こうして人口も国土も急速に拡大していく時期に大統領の座に就いたのが、アンドリュー・ジャクソンです。1812年戦争とインディアン戦争の英雄歴代のアメリカ大統領には、弁護士出身か、あるいは戦争の英雄である人が少なくありません。ジャクソンは、その両方の資質を兼ね備えた珍しい大統領でした。アンドリュー・ジャクソンは、アメリカ独立戦争に従軍した最後の大統領です。独立戦争が始まったとき、彼はまだ13歳の少年にすぎませんでし

  • 第8代アメリカ合衆国大統領!マーティン・ヴァン・ビューレンの生涯と評価

    世界史好きを自負している私ですが、マーティン・ヴァン・ビューレンの名前を初めて知ったのは、このブログを書いたときでした。アメリカ独立戦争から南北戦争に至るまでの時代は「ジャクソン時代」と呼ばれていますが、ジャクソンからリンカーンまでの大統領たちには、その名にふさわしい輝かしい実績を持つ人物は実は少なく、アンドリュー・ジャクソンの路線をそのまま引き継いだ大統領が多くを占めます。要するに、黒人奴隷の数は増え続け、一方でネイティブ・アメリカンの数は減り続けた——そんな時代だったのです。オランダ系アメリカ人「マーティン・ヴァン・ビューレン(Martin Van Buren)」という名前を見れば、オラン

  • 史上最短の任期!就任わずか31日で死去した第9代アメリカ大統領ウィリアム・ハリソン

    ウィリアム・ハリソンがアメリカ合衆国大統領に就任したのは68歳の時でしたが、就任からわずか1ヶ月足らずでこの世を去りました。そのため、大統領として目立った業績はほとんど残していません。しかし、その波乱に満ちた人生と史上最短となった任期には、興味深いエピソードが数多くあります。 バージニアの名門政治家一族に生まれる ウィリアム・ハリソンの家系は、バージニアを代表する政治家を多数輩出してきました。父ベンジャミン・ハリソンはバージニア州知事を務め、兄カーター・バセット・ハリソンも連邦議会上院議員として活躍しています。 ハリソン家は広大なプランテーションを経営する裕福な家庭で、黒人奴隷を使役していま

  • ジョン・タイラー――選挙なしで大統領になった第10代アメリカ合衆国大統領

    アメリカ史上初めて、選挙を経ずに大統領の座についた人物——それが第10代アメリカ合衆国大統領ジョン・タイラーです。歴史的な評価は、概してあまり高いものとは言えません。 バージニアの名門に生まれる アメリカ合衆国は、イギリスの植民地だった各州が連合して生まれた国家です。なかでも、最初のイギリス植民地が建設されたバージニア州からは多くの政治家が輩出され、初代大統領ジョージ・ワシントンもその一人でした。 これは、かつて長州藩があった山口県から首相が数多く生まれたのと似た現象だと言えるでしょう。第10代大統領ジョン・タイラーもまた、バージニアの出身です。 タイラーは、第9代大統領ウィリアム・ハリソンと

  • 第11代アメリカ大統領ジェームズ・K・ポークの生涯と功績──約束を守り続けた「黒馬」

    ジェームズ・ノックス・ポーク(James Knox Polk)は、アメリカ史の中でも激動の時代を生き抜いた第11代大統領です。在任期間中にはカリフォルニア・ゴールドラッシュが勃発し、米墨戦争での勝利やウォーカー関税の成立など、歴史的に重要な出来事が次々と起こりました。わずか4年の任期でアメリカの領土を大きく広げ、「最も公約を守った大統領」と呼ばれる人物です。南部ノースカロライナ州出身の大統領南北戦争以前のアメリカ大統領の出身地を見ると、南部出身者が圧倒的に多いことが分かります。南部とは下記の地域を指し、アメリカ国土の半分近くを占めています。フロリダ、ジョージア、ノースカロライナ、サウスカロライ

  • ザカリー・テイラーとは?米墨戦争の英雄にして第12代アメリカ合衆国大統領の生涯

    ザカリー・テイラーは、40年に及ぶ陸軍勤務の経験を持つ軍人出身の大統領です。奴隷を所有した最後のアメリカ合衆国大統領としても知られていますが、奴隷制問題に関しては比較的穏健な立場を取っていました。在任期間はわずか1年4ヶ月と短く、これは歴代大統領の中で3番目に短い記録です。米墨戦争の英雄ザカリー・テイラーは、ジョージ・ワシントンと同じくバージニア州の出身です。父リチャード・テイラーは、ワシントンとともに独立戦争を戦った人物で、1万エーカーの広大な土地で26人の黒人奴隷を雇う大地主でした。ザカリーはケンタッキー州で少年期を過ごしました。近くに学校がなかったため家庭教師から教育を受けましたが、学問

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