福音書記者マタイは、イエス・キリストに従う者が武器の使用を、たとえ防衛のためであっても拒否しなければならないことを示している。現代の言葉でいえば「平和主義」と分類できるこの立場こそ、初期ユダヤ系キリスト教徒たちが共同体の中で採用したものであった。この武力奉仕の受け入れ拒否は、萌芽期のキリスト教にとって、ユダヤ教指導層とローマ帝国の双方から理解を得られない問題となった。ユダヤ人は武力の使用を認めているだけでなく、資料が示すようにエルサレム神殿には独自の衛兵が存在していた[1]。西暦66年にユダヤ・ローマ戦争が勃発すると、これらの共同体の成員にとって状況は一変した。当時はまだユダヤ教とユダヤ系キリ