ロシアには「皇帝が風邪をひけば、ロシア全土が咳をする」という諺がある。決して大げさではない。ロシア人にとって皇帝(ツァーリ)とは、まさに国家そのものが具現化した神であったからだ。中世から近世への転換期、ポーランド王たちが何よりも恐れたのは、ロシアのツァーリが正式な王号を授かることだった。ハプスブルク家の密使がポーランド領内を抜けてモスクワへ入り、東方の君主に王冠を手渡す――そんな噂が幾度となく流れていたのである。しかし、この恐れは完全な見当違いだった。ツァーリたちはそもそも王冠など望んでもいなかった。1489年、イヴァン3世はハプスブルク皇帝フリードリヒ3世から王号授与の提案を受けたが、これを