夜明け前の最後通告1940年10月28日午前3時過ぎ、当時のイタリア政府は、在アテネイタリア大使エマヌエレ・グラッツィを通じてギリシャに最後通告を突きつけました。グラッツィ大使はキフィシアにあるメタクサス首相の私邸を自ら訪問し、ギリシャ・アルバニア国境からのイタリア軍の自由通過、そしてその後のギリシャ王国の要衝占領を要求したのです。文面を読み終えたメタクサスは、当時の外交公用語であるフランス語で、歴史に残る一言を返しました。「Alors, cest la guerre(それならば、それは戦争ということだ)」これは、イタリアの要求に対する断固たる拒絶の意思表示でした。開戦と「サランダの叙事詩」同