ミュンスター講和まで、八十年戦争は波乱の連続だった1648年、ネーデルラント連邦共和国とスペインの間でミュンスター講和条約が結ばれ、いわゆるフランドル戦争(八十年戦争)にようやく終止符が打たれました。しかしそこに至る道のりは決して平坦なものではありませんでした。フランスやイングランドの支援の度合いに応じて国境線は揺れ動き、スペインは常に複数の戦線を抱え、並行してポルトガル・オランダ戦争も勃発していました。さらに、反乱を起こした諸州の「王冠」は、蜂起を正当化し「正統な君主」を迎えるべく、ヨーロッパ各国の王家に打診を行いました。皇帝ルドルフ2世の後援によるケルン和平会議のような調停の試み、12年間