世界史

歴史物語

  • 映画『マリー・アントワネット』で描かれたマリー・アントワネットとフェルセンのシーン(動画あり)

    映画『マリー・アントワネット』(2006年)にて、マリー・アントワネットを演じるキルスティン・ダンストと、フェルセンを演じるジェイミー・ドーナン ソフィア・コッポラ監督作への期待と失望 個人的には、ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』にもっと多くのものを期待していました。この作品は、マリー・アントワネットという人物像に何も新たな解釈を加えていないどころか、むしろ、歴史的にとうに時代遅れとなっている「軽薄でお気楽な女性」という陳腐で安直なイメージに固執しているように思えるのです。 要するに、公開されたのは2006年と比較的最近の作品でありながら、描かれているのは昔ながらのス

  • 映画に描かれたマリー・アントワネットとフェルセンの出会い(動画あり)

    映画『マリー・アントワネット』より――仮面舞踏会で初めて出会う二人の姿フランス王妃マリー・アントワネットとスウェーデン貴族のハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯の間に、肉体的な意味も含めた正式な恋愛関係が実際にあったのかどうかは、今なお謎に包まれています。しかし、二人の絆が非常に深いものであり、彼が命を懸けて彼女を救おうとしたほどだったことは、疑いようのない事実です。実は、これこそが私たちが確実に知りうる唯一の真実なのです。というのも、決定的な証拠となり得たフェルセンの書簡類は後に破棄されてしまったため、私たちは推測を重ねることしかできないからです。恋愛感情か、それとも理想への憧憬か当時のヨ

  • 1938年映画『マリー・アントワネット』の処刑シーン(動画付き)

    ノーマ・シアラーがマリー・アントワネットを演じた、1938年の同名映画の一場面。 名作『マリー・アントワネット』のラストシーン 本記事の最後に挿入した動画(youtube.comより)では、1938年の名作映画『マリー・アントワネット』のラストシーン、すなわちフランス元女王の処刑の場面をご覧いただけます。主役を務めたノーマ・シアラーは、この役でアカデミー賞にノミネートされています。なお、フェルセン伯爵役にはタイロン・パワーが扮しました。 歴史的事実と映像のギャップ この映画の揺るぎない価値と、キャスト陣の多くの才能には疑いの余地がありません。しかし私見によれば、この処刑シーンはやや過度に

  • 映画『マリー・アントワネット』1938年――フランス王妃を描いた最も美しい作品のひとつ(動画付き)

    映画『マリー・アントワネット』(1938年) に主演するノーマ・シアラー今なお色あせない1930年代の傑作1938年公開とあって現在ではやや古さを感じさせるものの、W・S・ヴァン・ダイク監督による『マリー・アントワネット』は、フランス革命の渦中でギロチン台に消えた悲劇の王妃を描いた映画の中でも、最も有名で美しい作品のひとつとして今も語り継がれています。モノクロームの本作を際立たせているのは、大きく分けて二つの要素です。ひとつは出演者たちの確かな演技力。そしてもうひとつは、圧倒的な豪華さを誇る舞台装置です。スタジオに再現されたヴェルサイユ宮殿撮影では実物の宮殿は使われず、ヴェルサイユ宮殿の部屋や

  • マリー・アントワネットと狩り――狩猟好きのルイ16世に寄り添った王妃の優しい心遣い

    狩りをこよなく愛したルイ16世狩り――とりわけキツネ狩りは、過去数世紀にわたり君主や貴族たちに最も愛された娯楽でした。フランスの若き国王ルイ16世は、この趣味に計り知れないほどの情熱を注いでいました。毎朝夜明け前に起き、夕方には疲労困憊で宮殿へ戻るという生活にもかかわらず、いかなる理由があろうとも毎日の狩りを欠かすことは決してなかったのです。狩りを嫌った王妃マリー・アントワネットところが、その妻であるマリー・アントワネットは、年齢的にも身分的にも稀有な例外でした。彼女にとって狩りは、無意味で退屈な娯楽であるばかりでなく、残酷な行為でもあったのです。フランスの王妃は動物を深く愛しており、銃弾や猟

  • モンツァの修道女シスター・ヴァージニア(ガートルード)とは?動画でわかる人物解説

    モンツァの修道女――マンゾーニの描いた「ガートルード」の幻想的な姿モンツァの修道女シスター・ヴァージニアとはモンツァの修道女として知られるシスター・ヴァージニア・マリアは、1575年にミラノでマリアンナ・デ・レイバ・イ・マリーノとして生まれました。修道名の「ヴァージニア」は、自身が生まれた直後に亡くなった母を偲んで名付けられたものです。彼女は歴史上もっとも有名な修道女の一人ですが、その名声は修道生活における美徳や高い精神性によるものでは決してありません。陰謀に満ちた不幸な生涯彼女の生涯は、概して不幸なものでした。当時の身分差別的な法制度の犠牲者であり、父親からは微かな愛情すら示されることはあり

  • 映画で見るマリー・アントワネットの裁判と死刑判決(動画あり)

    1989年公開の映画に描かれた、法廷に立つマリー・アントワネットYouTubeで公開されている動画には、王位を失った元フランス王妃マリー・アントワネットが裁判にかけられ、死刑判決を言い渡される場面が収められています。この映像は、フランス革命から200周年となる1989年にテレビ向けに制作され、初放送された映画『フランス革命(La Révolution française)』からの抜粋です。この作品は、歴史上の出来事を極めて正確かつ忠実に再現している点で高く評価されています。さらに、登場人物を見事に演じきった俳優陣の存在も見どころの一つです。出演者には、当時も現在も国際的な舞台で第一線として活躍

  • 映画『フランス革命』に描かれたロベスピエール最期の瞬間(動画付き)

    映画『フランス革命』(1989年)におけるマクシミリアン・ロベスピエール恐怖政治の主導者、その末路フランス革命期の恐怖政治において、多くの人々を断頭台へ送り出したマクシミリアン・ロベスピエール。しかし、その彼自身も、そして彼に従った同志たちも、ついには同じ運命から逃れることはできませんでした。以下の動画(youtube.comより公開)は、1989年の映画『フランス革命』の一場面を抜き出したもので、アラス出身の弁護士だったロベスピエールの人生最後の劇的な瞬間を再現しています。オテル・ド・ヴィル(パリ市庁舎)での逮捕から、ギロチンによる処刑までが描かれています。顎の傷――謎に包まれた負傷の真相ロ

  • マリー・アントワネットの最期 ― 断頭台までの最後の時間と遺体のその後

    絵画に描かれた、マリー・アントワネットの人生最後の時間。 フランス王妃マリー・アントワネットに関する記事は常に高い人気を誇ります。今回は、フランス元王妃が投獄されてから断頭台に至るまでの人生最後の時間、さらには遺体の発掘とサン=ドニ大聖堂への改葬にいたるまでの足跡をたどります。 判決文の朗読に対する毅然とした態度 生来の誇り高き気性は、マリー・アントワネットの人生で最も過酷な日々において、はっきりと表れました。革命裁判所が彼女にギロチン刑を宣告した際の公式記録には、次のように記されています。 「彼女は恐怖や憤り、弱さの兆候を微塵も見せなかった。言葉ひとつなく、身振りひとつ見せずに階段を降り、

  • ダイヤモンド首飾り事件 ― 被告席に立たされたマリー・アントワネット

    1786年に有名な裁判へと発展した「ダイヤモンド首飾り事件」は、すでに揺らぎ始めていたフランス王妃マリー・アントワネットの評判に決定的な打撃を与えました。しかし実際には、この事件は王妃本人とはまったく無関係であり、彼女の背後に潜む強欲で卑劣な者たちが仕組んだ、とんでもない陰謀だったのです。小説家の想像力から生まれた傑作のように思われますが、これは実際に起こった出来事であり、数世紀にわたって続いたフランス王政を支えてきた脆い基盤をさらに揺るがす結果となりました。ダイヤモンド首飾り事件:ロアン枢機卿とジャンヌ・ド・ラ・モット=ヴァロワジャンヌ・ヴァロワ・ド・ラ・モットの肖像画歴史に「ダイヤモンド首

  • 歴史ドラマ『ザ・テューダーズ』で描かれるアン・ブーリンの逮捕と処刑(動画付き)

    テレビシリーズ「ザ・テューダーズ」でアン・ブーリンを演じる女優、ナタリー・ドーマー 歴史ドラマ『ザ・テューダーズ』とは 『ザ・テューダーズ』(原題:The Tudors)は、脚本家マイケル・ハーストが手がけたテレビシリーズで、2007年から2010年にかけて複数のシーズンにわたって放送されました。ヘンリー8世役を務めたのは俳優のジョナサン・リス・マイヤーズです。 ドラマとしてはフィクションとして脚色された部分も少なくありませんが、ヘンリー8世(1491年~1547年)の複雑な治世に一般の視聴者が触れる貴重な機会となった作品です。 過激な暴力描写への批判 実力派キャスト陣の熱演にも支えられ、大

  • 映画『ブーリン家の姉妹』に描かれたアンヌ・ブーリンの処刑シーン(動画付き)

    2008年公開の映画『ブーリン家の姉妹』(原題:The Other Boleyn Girl)で、アンヌ・ブーリン役を演じたナタリー・ポートマン 映画とドラマ『チューダーズ』の処刑シーンの違い 2008年公開の歴史映画『ブーリン家の姉妹』では、才媛ナタリー・ポートマンが演じるアンヌ・ブーリンの処刑の場面が描かれています。その描写は、テレビドラマ『チューダーズ』での表現とはやや異なるものになっています。ドラマ版では、元王妃は最後まで毅然として冷静な姿を見せます。 一方、この映画の中で彼女が見せるのは、(当然ながら)恐怖に怯える人間の姿です。処刑を見物するために集まった群衆を前に、最期の言葉を絞り

  • 【動画】『ザ・チューダーズ』で描かれるジェーン・シーモア――ヘンリー8世の三度目の妃

    ドラマ「The Tudors」でアナベル・ウォーリスが演じたジェーン・シーモアジェーン・シーモア――ヘンリー8世の三番目の妃ジェーン・シーモア(1508年~1537年)は、イングランド王ヘンリー8世の三番目の妻として知られています。気まぐれさで名高いこのイングランド王は、自ら死刑を下したアン・ブーリンの処刑からわずか11日後に、ジェーンとの結婚へと踏み切りました。ドラマ『ザ・チューダーズ』における人物造形テレビドラマ『The Tudors(ザ・チューダーズ)』において、ジェーン・シーモアは当時の史料からうかがえる姿にきわめて忠実に描かれています。史料が伝える彼女の人物像は、従順で貞淑な女性、後

  • ドラマで描かれたヘンリー8世の6人の妻(動画付き)

    テレビドラマ『ザ・チューダーズ』(第2シリーズ)のポスター。ヘンリー8世と、2番目の妻アン・ブーリンが描かれています。6人の妻を持ったイングランド王ヘンリー8世(1491年~1547年)は、イングランド国教会の創設や専制的な統治とともに、生涯で6人もの妻を娶ったことでも広く記憶されています。彼の結婚生活は、離婚、処刑、死別と、劇的な結末ばかり。「離婚して首を斬られ、死に、また離婚して首を斬られ、最後は生き残った」という韻句でも語り継がれるほど、その波乱に満ちた愛の遍歴は後世の人々を魅了し続けています。ヘンリー8世の6人の妻1. キャサリン・オブ・アラゴン(最初の王妃)2. アン・ブーリン(2番

  • パリ、1783年――熱気球が空を舞った歴史的な日

    1783年、パリの空に浮かぶ熱気球モンゴルフィエ兄弟と熱気球の誕生ジョゼフ・ミシェル・モンゴルフィエとジャック・エティエンヌ・モンゴルフィエの兄弟は、熱した空気の浮力を利用した気球を発明しました。この気球は、後に発明者たちの名前にちなんで「モンゴルフィエ式気球」と呼ばれるようになります。動物たちによる最初の実験飛行一体、どのような経緯で飛行が実現したのでしょうか。二人の才能あふれる発明家は、当時のフランス国王ルイ16世から実験の許可を取り付けることに成功しました。そして1783年の蒸し暑い夏の日、大きな音響の合図とともに、好奇心いっぱいに待ちわびた群衆が静まり返ったのです。気球を膨らませる作業

  • レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」―チェチーリア・ガッレラーニのネックレスの謎

    レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた名画「白貂を抱く貴婦人(Lady with an Ermine)」。そのモデルとなったのは、15世紀末(1498年頃)のミラノで最も美しいと謳われた女性、チェチーリア・ガッレラーニです。彼女は、当時のミラノに生きる「おしゃれな」女性の典型とも言える存在でした。15歳の乙女が身につけた唯一の宝石肖像画が描かれた当時、チェチーリアはまだ15歳前後の少女でした。彼女は当時流行していた髪型を整え、身につけている装飾品はたった一つのネックレスだけ。同時代の貴婦人たちの多くが、華やかで目立つ装いに身を包んでいたことを思えば、その簡素さこそが洗練と気品の証だったのです。首元を

  • マリー・アントワネットとデュ・バリー夫人の対立――ヴェルサイユ宮廷を二分した女たちの確執

    映画『マリー・アントワネット』でマリー・アントワネットを演じたカーステン・ダンスト ヴェルサイユ宮廷を二分した二人の女性 ルイ15世の治世も終わりに近づいた頃、ヴェルサイユ宮廷は、フランスを代表する二人の女性による熾烈な対立に揺れていました。一人は、後のルイ16世の王妃となるマリー・アントワネット。もう一人は、当時の国王が公認した最後の寵姫(公式愛人)デュ・バリー夫人です。 これは単なる上流階級のゴシップ話ではありません。両者の確執は、常に脆いフランスとオーストリアの同盟関係を崩壊させかねない重大な外交問題へと発展し、ついには両国の最高指導者までもが介入せざるを得なくなったのです。 14

  • ロザリー・ラモリエール――マリー・アントワネットの最期を看取った最後の侍女

    トニー・ロベール=フルーリーの絵画『処刑の朝のマリー・アントワネット』。右側に描かれた少女が、画家の想像によるロザリー・ラモリエールである。「ベルサイユのばら」で知られる名前「ロザリー・ラモリエール」という名前を聞いて、多くの人はピンとこないかもしれない。しかし、子どもの頃に日本のアニメ『ベルサイユのばら』を見逃さずに観ていた人なら、心当たりがあるはずだ。この作品は恋愛要素を織り交ぜながらも、ルイ15世の治世の終わりからフランス革命の勃発までの歴史的时代を描いている。ロザリーはこの人気アニメの主要人物の一人である。パリの貧民街で育った彼女は、善良で心優しく気前の良い少女として描かれる。オスカル

  • 18世紀フランス貴族の服装とは?華やかな「フレンチスタイル」の世界

    18世紀のフランス貴族男性の服装の一例 革命前夜も変わらぬ「フレンチスタイル」 フランス革命は、よく知られた政治的・社会的激変だけでなく、ファッションの規範にも完全な刷新をもたらしました。しかし、その革命が勃発する直前まで、保守的な貴族たちは「太陽王」ルイ14世が確立したいわゆる「フレンチスタイル(フランス様式)」を頑なに守り続けていました。このスタイルは、それまでほとんど変わることなく受け継がれてきたのです。 では、1700年代のフランス貴族はどのような服装をしていたのでしょうか? 当時の紳士に欠かせない衣装アイテム 長裾の上着「アビ・ア・ラ・フランセーズ」 当時の紳士のワードローブに絶対

  • マリー・アントワネットと側近たちの強制ダイエット ― 宮廷を騒がせたインド料理の逸話

    宮廷での食事風景。異国の珍しい料理と香辛料をふんだんに使った一皿が、マリー・アントワネットと貴族たちに数日間の「強制ダイエット」をもたらした。質素だった王妃の日常の食卓マリー・アントワネット王妃は、実は日頃から食べる量が少ないことで知られていた。しかしその一方で、彼女には好奇心旺盛な美食家の一面もあり、ときおり新しい味わいを試したり、外国の料理の風味を探求したりするのが大好きだった。それは単なる個人的な楽しみだけでなく、宮廷に招いた賓客へのもてなしの一環としても行われていたのである。インド大使たちがもたらした「本場の味」そんな折、インドの大使たちが宮廷を訪問した。これが絶好の機会となり、王妃は

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