世界史

ヨーロッパの歴史

  • 1688年イギリス名誉革命:権利章典の内容と歴史的意義を解説

    歴史教科書のみならず、政治経済の教科書にも必ず登場する「名誉革命」。ピューリタン革命と合わせて「イギリス革命」と呼ばれる一連の動きの核心には、宗教問題と議会・慣習法をめぐる権力闘争がありました。本記事では、名誉革命の経緯、画期的な『権利章典』の内容、そして立憲君主制への道筋をわかりやすく解説します。 議会と法の伝統:ステュアート朝との対立 議会承認の伝統と王権神授説 イギリスには中世以来、「国王といえど議会の同意なしに課税できない」という確固たる慣習法がありました。常備軍を持たないイングランドでは、戦時に議会を招集し、認められた税収で軍隊を編成するのが伝統でした。 しかし、エリザベス1世没

  • ナチスの暗号「エニグマ」を解読した天才!アラン・チューリングの数奇な運命

    映画『イミテーション・ゲーム』のモデルにもなったイギリスの数学者アラン・チューリングは、ナチス・ドイツが使用した暗号機「エニグマ」の解読に成功した人物として知られています。「コンピュータの父」とも呼ばれる彼は、第二次世界大戦の勝利に大きく貢献しながらも、当時の社会の偏見によって悲劇的な最期を遂げました。今回は、その数奇な運命をたどります。 ASD(自閉症スペクトラム)の天才 映画で描かれたように、アラン・チューリングはASD(自閉症スペクトラム障害、いわゆる高機能自閉症)だった可能性が指摘されています。 彼は数学と理科において類まれな才能を発揮した一方、古典にはまったく関心を示しませんでした

  • 世紀の愛!王冠よりも女性を選んだイギリス国王エドワード8世

    イギリスの歴史において、王位を退いた国王は4人います。うち3人は陰謀によって退位に追い込まれたのですが、唯一自ら進んで退位したのが、今回の主人公エドワード8世です。彼が退位した理由は「愛」でした。王位という地位に賭けた恋。文章にすればロマンチックに聞こえますが、実際にはどのような出来事だったのでしょうか。「あの男は私の死後まもなく身を滅ぼすだろう」エドワード8世は1894年、ジョージ5世の長男として誕生しました。つまり、生まれながらの王様です。当時のイギリスにはまだヴィクトリア女王が存命で、イギリス国王はインド皇帝をも兼ねていました。世界史上類を見ない繁栄を誇る、大英帝国の最盛期だったのです。

  • 第二次世界大戦を支えたイギリス国王ジョージ6世の生涯〜「英国王のスピーチ」の主役となった王〜

    競馬の世界には「キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス」と呼ばれるレースがあります。フランスの凱旋門賞と並ぶ世界最高峰のレースであり、世界中の名馬がその栄光を求めて集結する舞台です。しかし日本馬はいまだにこのレースを制覇したことがなく、多くのホースマンにとって永遠の憧れとなっています。そんなビッグレースの名前の由来となったのが、イギリス国王ジョージ6世です。しかし彼は吃音を抱えて生まれ、長男ではなく次男だったため、本来ならば王になる運命ではありませんでした。今回は、映画「英国王のスピーチ」の題材ともなった、イギリスの歴史を代表する王・ジョージ6世の生涯を振り返ります。戴冠への道ジョー

  • ヘンリー8世――イングランド国教会を設立した王の生涯と功罪

    どこの国の歴史にも、いわば「転換点」と呼べる時代が存在します。 イギリス史における転換点となったのが、ヘンリー8世の時代だと私は考えています。 イギリス・ルネサンス 1491年、ヘンリー8世はテューダー朝の王ヘンリー7世と王妃エリザベスの次男として誕生しました。 本来、王位は兄アーサーが継ぐはずでした。アーサーは実際に皇太子としてプリンス・オブ・ウェールズの称号を得ています。ところがアーサーは急逝してしまい、代わってヘンリー8世がプリンス・オブ・ウェールズとなりました。 しかし、ヘンリー8世が兄から受け継いだのは地位だけではありませんでした。 兄アーサーはスペイン・アラゴン王国の王女カタリナ

  • ナポレオンさえ倒せなかった男!世界史上最強の提督ホレイショ・ネルソンの生涯

    陸軍で最も優れた指揮官は誰か――これは古今東西、議論が絶えないテーマです。人類の歴史において陸戦が主役だった時代は長く、無敵と謳われた名将も数多く存在するため、「最強」を一人に絞るのは非常に難しい問題でしょう。では、海軍の最強の指揮官は誰なのでしょうか。その答えとして真っ先に挙げられるのが、ナポレオンすら一度も勝つことができなかった男――ホレイショ・ネルソン提督です。歴史上最強の提督陸軍の指揮官を「将軍(General)」と呼ぶように、海軍の指揮官は「提督(Admiral)」と呼ばれます。そしてホレイショ・ネルソンこそ、その名を世界史に刻んだ最高の提督なのです。1758年、ネルソンはイングラン

  • ローマにもあった「三国時代」!ガリア帝国とパルミラ帝国の攻防を解説

    世界史で最も人気のある時代といえば、後漢末期の「三国時代」を挙げる人が多いでしょう。映画、漫画、小説、そしてゲームまで数多く制作され、日本では戦国時代に匹敵するほどのファンを抱える時代です。しかし、実は3世紀のローマ帝国も、中国の三国時代とほぼ同じ時期に三つの勢力に分裂していたことをご存じでしょうか。高校の世界史の教科書にはほとんど登場せず、ゲーム化や映像化もされていないため、意外と知られていないのです。今回は、そんな「ローマの三国時代」について詳しく見ていきましょう。皇帝ガリエヌスと帝国の三分割ローマ帝国が三つに裂けたのは、西暦260年頃、皇帝ガリエヌスの時代です。「ガリエヌス帝って誰?」と

  • 最強の軍人皇帝!アウレリアヌス帝ルシウス・ドミティウスの生涯と功績

    ローマ帝国が大きく迷走した時代といえば、なんといっても「軍人皇帝時代(三世紀の危機)」でしょう。しかし、実際にこの時代の皇帝たちを見てみると、暴君や暗君は意外にも少ないというのが実情です。そもそも暴君や暗君が現れるのは、ある意味で国に余裕がある証拠でもあります。財政や国力に余裕のない状態で暗君が現れれば、国家は一気に滅亡へ向かいます。大企業ならトップが無能でもすぐには倒産しませんが、中小企業では即座に傾くのと同じ理屈です。とはいえ、軍人皇帝時代の皇帝全員が有能だったわけではありません。力量不足の皇帝が次々と擁立されては倒れていく――それがこの時代の特徴でした。今回は、そんな激動の時代において「

  • ローマ史上最大の屈辱!サーサーン朝に捕らわれた皇帝ウァレリアヌスとはどんな人物だったのか?

    世界史を選択した経験のある方なら、ウァレリアヌスの名前に聞き覚えがあるかもしれません。日本では「軍人皇帝」として名前が知られている、数少ないローマ皇帝の一人だからです。ウァレリアヌスが有名になった理由は、ローマ皇帝としてただ一人、サーサーン朝ペルシアの捕虜となったことにあります。では、ウァレリアヌスとは一体どのような人物だったのでしょうか。今回はその人物像に迫ってみたいと思います。名門リキニウス氏族の血を引くウァレリアヌスの正式な名前はプブリウス・リキニウス・ウァレリアヌス。第二次三頭政治を構成したクラッススと同じ、リキニウス氏族の出身だったと伝えられています。いわゆる「軍人皇帝時代」には、兵

  • 初代「軍人皇帝」マクシミヌス・トラクスの生涯――羊飼いから皇帝へ、その栄光と滅亡

    マクシミヌス・トラクスは、3世紀の危機と呼ばれる動乱期に短期間ローマ帝国の皇帝を務めた人物です。本名をガイウス・ユリウス・ウェルス・マクシミヌスといい、「トラキアのマクシミヌス」の名でも広く知られています。身長2メートルを超えるとも伝わる巨漢で、ローマ史上初めて、元老院でのキャリアを持たない純粋な軍人から皇帝の座に上り詰めた人物でした。セウェルス帝に見出された若き巨人共和政ローマ以来、ローマの政治は平民にも門戸が開かれているとはいえ、実態は少数の名門貴族が要職を占める寡頭政治でした。しかし軍人皇帝の時代になると、出自にかかわらず誰もが皇帝になるチャンスをつかめるようになったのです。マクシミヌス

  • ローマに弓を引いたパルミラの女王ゼノビアの結末とは?

    ローマの歴史には、実に多彩な女性たちが登場します。カエサルの母アウレリアやグラックス兄弟の母コルネリアのような「賢母」タイプもいれば、最も印象に残るのは、やはり「悪女」と呼ばれるタイプの女性たちではないでしょうか。 その代表例が、皇帝クラウディウスにまつわる二人の悪女――小アグリッピナとメッサリナです。 そして、パルミラ帝国の女王ゼノビアも、広い意味ではこの「悪女」タイプに分類されるかもしれません。 パルミラ帝国の興隆 西暦260年、中国で三国時代が終焉を迎えようとしていた頃、ローマでは国家が三つに分裂するという未曾有の危機に陥っていました。 発端となったのは、皇帝ウァレリアヌスがサーサー

  • ルキウス・コルネリウス・キンナとは?執政官を三度務め、カエサルの義父となった男

    ルキウス・コルネリウス・キンナは、共和政ローマ末期の政治家です。民衆派の指導者ガイウス・マリウスの右腕として活躍し、後にローマの覇者となるガイウス・ユリウス・カエサルの義父(最初の妻コルネリアの父)としても知られています。執政官(コンスル)を三度務め、激動のローマ政界を生き抜いた人物ですが、その名を意外と知られていません。 ローマを混乱に陥れた男 紀元前90年頃、いわゆる「内乱の一世紀」の幕開けの時期、ローマは未曾有の混乱に見舞われていました。北方からはゲルマン人が侵入し、東方ではポントス王ミトリダテスが地中海の覇権を狙って勢力を拡大、アフリカではヌミディア王ユグルタが反乱を起こします。やが

  • サーサーン朝を撃破しながら落雷に見舞われたローマ皇帝カルスの生涯

    軍人皇帝時代のローマ皇帝たちは、暗殺や病気など、ことごとく予期せぬ形で命を落としました。その中でも際立って不運なのが、ペルシア遠征の最中に落雷に打たれて死んだカルスです。 サーサーン朝を撃破した皇帝 ローマには「五つの屈辱的な敗北」があると言われます。 第一は、紀元前390年頃、ガリア人によってローマ市の半ばまで占領された出来事です。ローマは「第二の建国者」と称されるカミッルスの手によって失地を回復しました。 第二は、紀元前321年のサムニウム戦争における「カウディウムの屈辱」です。槍の下をくぐって降伏を強いられたこの恥も、最終的にサムニウム戦争に勝利することで帳消しとなりました。 第三は、

  • ローマ最大の反乱!スパルタカスの反乱(第三次奴隷戦争)とその生涯を解説

    古代ローマを舞台にした映画の傑作といえば、スタンリー・キューブリック監督、カーク・ダグラス主演の『スパルタカス』を挙げたいところです。 「ローマ」という言葉を抜きにしても、世界映画史トップ100に確実に入る名作でしょう。ローレンス・オリヴィエやトニー・カーティスといった名優の出演もさることながら、スパルタカスという題材そのものが持つドラマ性こそが、この作品を傑作たらしめた最大の理由だと私は考えています。 今回は、スパルタカスの反乱という激動の歴史を通して、スパルタカスという人物に迫っていきます。 トラキア出身であること以外、出生はほとんど謎 スパルタカスについては、トラキア(現在のブルガリ

  • ミトリダテス戦争とは?ポントス王ミトリダテス6世の波乱の生涯を解説

    山川出版社の教科書や用語集には「ミトリダテスの反乱」という語が登場します。しかし、ミトリダテスはもともとローマに従属していたわけではないため、「反乱」ではなく「ミトリダテス戦争」と呼ぶのが適切でしょう。今回は、ギリシャ世界とローマ世界が直接衝突した「ミトリダテス戦争」について見ていきます。「ミトリダテス・メガス」――アレクサンドロス大王への憧れ「アレクサンドロス大王」という呼び名には違和感がないのに、「ジョン大王」などと言われると奇妙に感じるのはなぜでしょうか。「大王」にあたる称号は、単なる「王(King)」ではなく、ギリシャ語では「メガス」、ラテン語では「マグヌス」という特別な語で表されます

  • 古代ローマの関ヶ原!世界を二分したファルサルスの戦いを徹底解説

    歴史の教科書には「アクティウムの海戦」や「カンナエの戦い」が載っていますが、日本でファルサルスの戦いについて触れている教科書はほとんどありません。 そのせいで、筆者自身も大学生になるまで、この戦いの存在すら知りませんでした。 しかし、ローマ史上最大の内戦であり、ローマの進むべき道を決めたという意味では、アクティウムの海戦以上に重要な戦いだと言えます。日本で言えば「関ヶ原の戦い」に相当するのが、このファルサルスの戦いなのです。 二人のローマの英雄が信念と命を懸けてぶつかり合った、最強同士の激突を詳しく見ていきましょう。 二人の英雄 ファルサルスの戦いは、単なるカエサル対ポンペイウスの一騎打ちで

  • ローマの礎を築いた天才将軍ポンペイウス――その波乱の生涯と本当の評判

    「本当に恐ろしく強い!」——古代ローマ史において類まれな軍事的天才として名を馳せたのが、グナエウス・ポンペイウス(大ポンペイウス)です。今回は、その波乱に満ちた生涯と、後世に残された本当の評価について詳しく見ていきましょう。 スッラ派の代表として台頭 ポンペイウスは由緒ある名門貴族の出身ではなく、新興の富裕階級である騎士階級(エクイテス)の生まれでした。父はローマ近郊に広大な土地を所有し、法務官(プラエトル)、さらには最高位の執政官(コンスル)を務めた経験もある有力者でした。しかし、その家柄ゆえに、平民派のガイウス・マリウスによる粛清の標的にされてしまいます。 マリウスはまもなく死去しますが

  • 簡潔で美しい!まさに本質を突いたカエサルの名言をまとめてみました

    「イギリスの歴史はカエサルの上陸から始まった」——第二次世界大戦中のイギリス首相ウィンストン・チャーチルは、そう語りました。今日のヨーロッパの礎を築いたのは、他ならぬガイウス・ユリウス・カエサルだったと言えるでしょう。 世界史に偉大な足跡を残したカエサルは、同時に多くの名言を遺した人物でもあります。今回は、そんなカエサルの言葉を厳選してご紹介します。 ※訳は筆者によるものです。多少の誤りはご容赦ください。 人は信じたいものを信じる(Men willingly believe what they wish) カエサルの思考の根拠がうかがえる一言です。 これはまさに真理だと思います。 善悪の問題

  • カエサル暗殺の首謀者!ガイウス・カッシウス・ロンギヌスの裏切りに満ちた人生

    日本で「裏切り者」といえば、関ヶ原の戦いで西軍を裏切った小早川秀秋が真っ先に思い浮かびます。では海外ではどうでしょうか。ユダ、ブルータス、そしてカッシウス——この三人の名がまず口にされることでしょう。 実際、ルネサンスを代表する詩人ダンテは、代表作『神曲』の中で、ユダ、ブルータス、カッシウスの三人を、地獄の最底部コキュートスで魔王サタンに永遠に噛み砕かれ続ける、最も重い罪を背負った裏切り者として描いています。 カッシウスはカエサル(シーザー)暗殺の首謀者の一人として広く知られていますが、彼の悪行はそれだけにとどまりません。今回は、その数々の「裏切り」に彩られた人生を振り返ってみましょう。 ク

  • ローマ最大の哲学者にして弁護士、そして悪役――キケロの波乱の生涯

    紀元前1世紀のローマ内戦期は、数多くの傑出した人物を輩出した時代でもありました。中国の三国志時代や日本の戦国時代と同様に、同じ民族同士の内戦であっても、魅力的な人物が次々と現れるのは世界史における共通の現象なのかもしれません。カエサルやオクタウィアヌスがローマ内戦の主役だとすれば、本記事の主人公であるキケロは、彼らの最大の敵役といえる存在です。ローマ千年の歴史の中で最高の哲学者として知られるキケロの生涯を、詳しく見ていきましょう。生まれつき保守的だった男紀元前1世紀の内戦期に活躍した人々の中で、クラッススやポンペイウスは新興富裕層であるエクイテス(騎士)階級の出でしたが、キケロもまた、名門とは

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