飢えとチフスに疲弊した連合軍、アストルガへ独立戦争(半島戦争)開始から半年以上が経過した1808年のクリスマス、ラ・ロマーナ侯爵が指揮する「左翼軍」は、飢えとチフスによって疲弊の極みに達していた。彼らは同盟国であるサー・ジョン・ムーア率いるイギリス軍と合流すべく、レオン方面へと後退していた。両軍とも、山岳地帯に到達する前に攻撃されれば逃げ場はないことを悟っていたため、ムーアはアストルガへの撤退を命じた。しかしそこでラ・ロマーナ侯爵は、山岳地帯で抵抗を続けガリシアを侵略から解放するよう、同盟国イギリス軍に説得を試みるものの、受け入れられなかった。ムーアはスペインの最終的な敗北を確信しており、ア・