炎上した大聖堂での破門式 グニェズノの大聖堂バシリカは、国の有力者たちで溢れかえっていた。グニェズノ大司教ラジム・ガウデンティは、軍司令官、王族、城代、そして全ポーランドの司教たちがこの特別な儀式に参列するよう手配していた。王位継承者ミェシュコ、その妻で皇帝の姪にあたるリヒェザ、そして大司教の要請により、統治者の妻オダも連れてこられた。もちろんボレスワフ自身の姿もあった。彼らは、神の家というよりは瓦礫の海のように見える場所に立っていた。1018年、公が有名なキエフ遠征に出発するわずか3か月前、グニェズノ大聖堂で火災が発生し、バシリカと隣接する住居が焼失していたのだ。 アナテマ(破門)の時 当