「話す道具」に休息の権利はない?古代ローマの思想家ウァロは、奴隷とは「話す道具」にすぎず、休みを取る権利など一切ないと主張しました。驚くことではありません。彼にとって購入した人間はあくまで「物」であり、物と同じように扱われたのです。私たちが掃除機の機嫌を取ろうと考えないのと同じ理屈です。しかし、冷酷な主人でなくても、奴隷の生活は悲惨なものでした。実務家のコルメラは、奴隷の自由な時間はすべて労働で埋めるべきだと考えていました。その理由は——「人は何もしないことで悪事を学ぶ」からです。たまに休息を得られたのはごく幸運な者だけで、しかもそれは主人の善意によるものではなく、きわめて皮肉な理由によるもの