ポーランド国内軍(AK)司令部の計画では、赤軍がポーランドの地に進入する直前に自力で国土を解放し、ソ連軍に対して「この土地の主人」として振る舞うことが想定されていた。しかし実際の「嵐」(ブーザ)作戦ははるかに困難なものとなり、赤軍兵士との出会いは忘れがたいものとなった……。 第二次世界大戦中、ポーランド第二共和国の東部領土を前線は幾度も行き来した。流血は終わりがないようにさえ思われた。しかし1943年末、戦火が再びポーランド国境に近づいてくると、ポーランド人は再びドイツ軍に対して自らの力を示そうと決意した。これこそが「嵐」作戦の目的である。国内軍の兵士たちは、迫りくる赤軍との対峙のなかで、戦前